第二十六話 運用試験、開始
初冬のその日、ド・ラマーク領は晴れていた。
朝は冷え込んで一面真っ白に霜が降りたが、日が昇るとともに気温は上昇し、小春日和になった。
風は北風だが微風、昼間はまだ寒さは感じない。
「いい天気でよかった」
「本当に。ハルトヴィヒさんもほっとしているでしょうね」
「そうだろうな。日程は決められても、その日の天気はわからないからな」
とはいえ、初冬の頃は、ド・ラマーク領から王都にかけては晴天率が高いのである(アキラが領主になってからの統計では約85パーセント)。
「お昼前に到着でしたね」
「うん。そうしたら、ド・ラマーク領の産物でお昼にしてやろう」
「ハルトヴィヒさんのお好きなものを用意します」
「そうしてやってくれ」
アキラ・ミチア夫妻は歓迎の準備をととのえ、待ち構えている。
見上げた空にはちぎれ雲が一片浮かんでいた。
* * *
王都にて。
「忘れ物はないな?」
「大丈夫です」
「『フジ』のチェックは?」
「5回やりました。異常なしです」
「よろしい」
魔法技術大臣ジェルマン・デュペーが、ハルトヴィヒとシャルルに、最後の確認を行っていた。
「フォンテンブローとプロヴァンスそれぞれに届ける荷物も間違えないようにな」
「はい、荷物に明記しましたから」
最終的に、ド・ラマーク領までの間にある2つの都市……『フォンテンブロー』と『プロヴァンス』に中間着陸をし、荷物(生鮮野菜と手紙)を下ろすという運用試験も行うことになっている。
『フジ』の最大積載量は、推定200キログラム(2名搭乗時)。
今回は150キロを積んでの試験飛行となる。
フォンテンブロー、プロヴァンス、そしてド・ラマーク領で下ろす荷物はそれぞれ25キロが2つで計50キロ、それが3箇所分で150キロということになる。
それらは貨物室に、下ろす順番に積まれている。
つまり一番奥がド・ラマーク領向け、次がプロヴァンス向けで、一番手前がフォンテンブロー向けの荷物となる。
これなら間違えて下ろす心配もない。
「2人とも、十分に休んだかな?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「はい、大丈夫です!」
ハルトヴィヒもシャルルも、8時間以上寝て十分に身体を休めていた。
「それならよし。そろそろ時間だ、頑張ってきてくれ」
「はい!」
2人は魔法技術大臣ジェルマン・デュペーに敬礼をし、『フジ』に乗り込んだ。
時刻は午前8時。『フジ』のプロペラが始動した。
ファウラーフラップが動き、高揚力状態になる。
プロペラの回転が上がり、車輪のブレーキが外され、『フジ』はゆっくりと動き出した。
「いいぞ」
「各部、異常なし」
操縦しているのはハルトヴィヒ。
シャルルは計器類を確認している。
「エンジン出力、最大」
「エンジン、魔力共に異常なし」
『フジ』は滑走速度を上げる。
「やはり機体が重いな」
「主翼の歪み、許容レベル」
「離陸するぞ!」
軽く操縦桿を引けば機首が上がり、『フジ』の車輪は滑走路を離れた。
そのまま、仰角20度ほどでゆっくりと上昇していく。
「エンジン出力、80パーセントに落とす」
「エンジン温度、問題なし。潤滑、良好」
飛行機が最もエンジンパワーを必要とするのが、離陸時と垂直上昇時である。
今の『フジ』はエンジンの推力だけで垂直上昇ができるだけの余裕があった。
高度500メートルに達すると、エンジン出力は50パーセントに落とされた。
この出力であれば、『フジ』は理論上はいつまでも飛んでいられるのだ(搭乗員の問題があるので限度はある)。
あっという間に王都パリュは小さくなっていく。
「天気がよくてよかった」
「本当ですねえ。天気だけはどうにもなりませんから」
「だが、長距離を飛べば、悪天候に見舞われることだってあるだろう。次はそうした場合への対処だな」
「そうなりますか……先生は本当に、いろいろ先を見据えてますね」
「そうかな? ……そうかもなあ……」
眼下には冬枯れの大地が広がっており、その中を貫く街道がよくわかる。
この街道沿いに飛べば、ド・ラマーク領にたどり着けるのだ。
「計器でみても、ほぼ真北へ飛んでいます」
「そうか」
街道は期せずしてほぼ南北に伸びているようだ。
* * *
1時間ほどで最初の目的地、フォンテンブローの町に到着。
町の東側に作られた飛行場へと着陸する『フジ』。
「なかなかよくできた飛行場だな」
「そうですね。舗装状態も良好ですし、広さも申し分ないですし」
ファウラーフラップはエアブレーキとしても使える。
できるだけ短い距離で停止するためにも役立つのだ。
停止した『フジ』のところへ、女性の役人1人と、屈強な4名の兵士が駆け寄ってきた。
「お待ちしていました、ラグランジュ卿。私はここフォンテンブローの官吏でマリアベート・デサントと申します」
「お出迎えいたみいります。さっそくですが、お届け物です」
「承っております。……皆さん、よろしくお願いします」
「はっ」
官吏マリアベートが指示をすると、4人の兵士はシャルルが開いた貨物室前へと群がり、25キロの荷物2つを運び出していた。
「フォンテンブロー宛荷物、確かに受け取りました!」
「はい、ご苦労さまです」
兵士の申告を聞いた官吏マリアベートは、受取書類にサインを行った。
これで配達任務は完了である。
「では、これで失礼する」
「道中の無事をお祈りいたします」
貨物室の扉のロックを確認したハルトヴィヒとシャルルは、再び機上の人となったのである。
次の目的地はプロヴァンスである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年4月5日(土)10:00の予定です。
20250329 修正
(誤)「本当ですねえ。天気だけはどうにもありませんから」
(正)「本当ですねえ。天気だけはどうにもなりませんから」




