第二十一話 準備万端
季節は進み、ド・ラマーク領では飼育している『晩秋蚕』も4齢となった。
「今年の養蚕もこれで終わりだな」
元気にクワの葉を食べる蚕たちを見て、アキラはひとりごちた。
「今年も絹の生産量を増やせて何よりだ」
今や絹産業は、ガーリア王国の基幹産業の1つとなっており、近隣諸国から多くの引き合いが来ていた。
そのためド・ラマーク領以外でも養蚕が行われ、今やガーリア王国は『絹の王国』と呼ばれるようになっている。
また最近は絹のみならず、麻・木綿・羊毛も産業として成長しつつあった。
「この世界ではまだまだ石油化学は発展しないだろうから、当分の間絹産業は安泰だろうな」
とアキラは考えている。
アキラが生まれ育った地球とは学問や産業の体系が異なり、『魔法』を使うことを前提としているのだ。
そのため、『産業革命』が行われずとも、一部の産業は成り立っている。
「環境破壊も少なくて済むし」
熱源として魔法を使えば、二酸化炭素の発生はない。また薪炭としての森林伐採も行う必要がない。
人々の暮らしが楽になってほしいと思う反面、公害をはじめとした地球での失敗を繰り返さないようにしたいとアキラは考えており、機会があるごとに国の中枢部に訴え続けていた。
その甲斐あって、ガーリア王国を中心に、公衆衛生や環境保全の思想は広く根づき始めている。
「科学と魔法、伝統と革新、人力と動力……をうまく組み合わせられたらいいよなあ」
アキラはそんなことを考えながら領内を巡回していくのだった。
* * *
王都では、ハルトヴィヒたちの『夜間飛行』訓練が最終日を迎えていた。
「今夜で『夜間飛行』の訓練も終わるわけだが、皆上達したな」
「シャルルのアイデアを形にしたのが大きかったですね」
地面へ向かって広がる光を照射する、というアイデアである。
遠ければ光に照らされた範囲は広がり、近ければ範囲は狭まるわけで、対地高度の目安となるのだ。
「これを魔導具にできれば、とは思うんだがね」
「ですね。まずは高度が下がり過ぎたら自動で警報が鳴る、というようにできればさらなる安全が期待できますし」
「これからの課題だな」
「はい」
「あの、それで1つ、思い付いたことがあるんですが」
今度はレイモンがアイデアを口にする。
「飛行機に付けるんではないのですが、滑走路の明かりを工夫するのはどうでしょう?」
「うん、工夫の内容は?」
「まず、色を変えるんです。そうすれば滑走路の向きがわかりますよね?」
レイモンは滑走路の左右で色を変えれば、どちら側から進入すればいいか一目瞭然だと提案したのである。
「なるほど、それは面白いね。簡単に対応できるから、明日の最後の訓練前に設定してみよう」
アキラの『携通』の情報を参考に、この世界でも、航空機の翼端灯は左が赤、右を緑にしている。
これを受け、滑走路の両端の明かりを同じように左を赤、右を緑にすることで進入方向がわかりやすくなるだろうというわけだ。
「風向きによって明かりの位置を変えることもできるね」
向かい風になるように進入することでより速度を落として着陸できるのである。
「他に何かアイデアはあるかな?」
「明かりを灯した気球を上げておくのはどうでしょう?」
気球の高度を一定にしておけば、自分の高度も見当がつくのでは、とアンリが言った。
「うーん……気球だと風に弱そうだね」
「そうですね……あ、でしたら塔はどうでしょう」
「いいかもしれない」
用途は違うが、『管制塔』というものは現代の地球にも存在する。
こちらは主に通信を用いて情報をやり取りするのだが……。
「滑走路の端に管制塔を立てればいいかもな」
「ぶつかる心配はないでしょうか?」
「それはあるだろうね。だが、言い出したらきりがない。管制塔には十分な明かりを灯せるようにしよう」
他にも2、3の意見は出たが、実用性からは遠かった。
「では、滑走路両脇の明かりは赤と緑にしよう。これはすぐできるだろう」
「管制塔はどうします?」
「今は午前11時ちょっと前だな。明日の明け方まであと18時間くらいか……」
この季節の日の出は午前5時半ころである。
飛行訓練は午前5時から行われるのだ。
「10メートルの塔を突貫工事ででっち上げるしかないな」
そのてっぺんに明るめの灯火を付けておくことになる。
「高度10メートルの目安にするならそれでなんとかなるだろう」
「そうですね」
そういうことになった。
* * *
「うん、なかなか役に立ちそうだね」
翌日明け方、最後の『夜間飛行訓練』。
滑走路を示す明かりの色分けと、高さ10メートルの急造管制塔(というより灯台)により、暗闇の中の着陸が楽になったのは確かであった。
* * *
『夜間飛行訓練』が終了した翌日は、新型機『フジ』の初飛行が行われる。
ここまで蓄積したノウハウを全て注ぎ込んだと言っていい最新鋭機である。
テストパイロットはハルトヴィヒ。
「先生、気を付けてくださいね」
「もちろんさ。そのために時間を掛け、様々なチェックを繰り返してきたんだから」
とはいえ、同乗者もいる。ハルトヴィヒの一番弟子三羽烏の一人、レイモン・デュプレだ。
くじ引きでレイモンに決まったのである。
アンリ・ソルニエ、シャルル・ボアザンはレイモンが『フジ』に乗り込むのを羨ましそうに見ていた。
『フジ』の最終スペックは以下のとおり。
フジ 双発単葉機
乗員 :1名(操縦士)
定員 :4名(乗客)
全長 :10.1メートル
全幅(翼幅):11.2メートル
全高 :4.2メートル
空虚重量 :2500キログラム
最大離陸重量:4000キログラム(推定)
エンジン :ハルト式8段回転盤エンジンx2
最高速度 :時速450キロメートル
上昇限度 :およそ5000メートル
航続距離 :魔力が尽きない限り飛べる
初飛行はまもなくである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年3月1日(土)10:00の予定です。
20250222 修正
(誤)この世界でも、航空機の翼端灯は右が赤、左を緑にしている。
(正)この世界でも、航空機の翼端灯は左が赤、右を緑にしている。
(誤)滑走路の両端の明かりを同じように右を赤、左を緑にすることで
(正)滑走路の両端の明かりを同じように左を赤、右を緑にすることで
『み』ぎが『み』どりなんですよね。……なんで間違えたんだろう……
(誤)滑走路を示す明かりの色分けと、高さ10メートルの急増管制塔(というより灯台)により
(正)滑走路を示す明かりの色分けと、高さ10メートルの急造管制塔(というより灯台)により




