第十九話 かぶれにはご用心
ド・ラマーク領では『秋蚕』が順調に育っている。
春・夏に比べ、秋はどうしてもクワの葉の収穫量が少なくなるので、蚕の飼育数も少なくせざるを得ない。その分世話が楽になるわけだが……。
また、傾向として、秋蚕・晩秋蚕の繭は糸が細めで艶がある。
従って、細い糸を紡ぐことができ、しかも艶があるということで高級品を作れるのだ(ただし量が採れない)。
だが量が少ない分より高級品扱いとなる、ともいえるので、ド・ラマーク領としてもよい収入源となっているのだ。
この季節は、『秋蚕』の世話以外にも大事な作業がある。
1年最後の蚕、『晩秋蚕』に食べさせるクワの葉を集める仕事だ。
『晩秋蚕』の季節になると、クワの葉は黄葉してしまい、蚕は食べなくなってしまうため、まだ緑のうちに収穫して保存するのである。
ちなみに、こうして葉を採ってしまうため、クワ畑の黄葉はほとんど見かけないのだ。
また、本来なら10メートルを超す大木となるクワの木であるが、ひんぱんに葉を摘むため、クワ畑内では2メートル前後に留まってしまう(手が届く範囲に収めるため剪定する、ということもある)。
が、山に残した十数本の親木(クワは挿し木で増やせる)は見事に色づいていた。
* * *
「きれー」
「きれいだね、エミー」
アキラ一家、今日は近所の山にハイキングである。
アキラ、ミチア、タクミ、エミーに加え、侍女のリリアと木工職人のティナ(四話参照)も一緒である。
木象嵌が得意なティナは、木の種類についても詳しいので、同行してもらったのだ。
また、木工に使えそうな珍しい木がないか、本人が見に行きたがったこともある。
「色付きはじめ、ってところか」
『絹屋敷』付近ではまだ紅葉は始まっていないが、山の中腹まで来ると、色付きはじめた木々が増えてくる。
樹種によってはもうすっかり色付いているものもある。
「カエデ類は少し遅いようです」
「そういうものかな」
「葉の薄い木は早い傾向がありますね」
ティナが説明してくれた。
「トチノキは黄葉が早めですね。ヤマウルシやハゼノキ、ヌルデも早いです。……鮮やかな朱色の木はかぶれるかもしれないので気を付けてください」
「ああ、わかった」
そんなことを言っていたら。
「ちちうえー、きれいなはっぱがありましたー」
と言いながら、タクミがヌルデの葉を持ってきたではないか。
「タクミ、捨てなさい! 早く!」
「え? なんで?」
「その葉っぱには毒があるから!」
「あ、はーい」
毒、とは少し違うが、悠長に説明している場合ではないので大急ぎでヌルデのはを手放させるアキラ。
「タクミ、手はなんともないか?」
「はい、べつに」
「一応洗っておけ」
飲み水だが、そんなことは言っていられないので、水筒から水を出してタクミの手を洗わせるアキラ。
「これでよし」
後からかぶれてくることもあり得るので油断はできないが、まずは一安心……と思ったら。
「にぃに、これ、いらないの?」
「うわああ、エミー、それを放すんだ!!!」
タクミが手放したヌルデの葉をエミーが拾ってしまっていた。
そこで、大急ぎでエミーの手も洗わせるアキラであった。
* * *
幸いにも、帰宅した後も何の症状も出なかった。
タクミもエミーも漆かぶれには強い体質のようで、一安心するアキラとミチアであった……。
* * *
王都では、新型機の組み立てが最終段階に入っていた。
機体はほぼ完成。
残っているのは内装と最終チェックである。
その内装も、あとは座席の取り付けのみ。
「計器類は3度チェックしました」
「エンジンは4度」
「操縦系統は5度チェックしています」
「いずれも異常なし」
「ついにここまで来たね。みんな、よくやってくれた」
ハルトヴィヒは組立工場内に鎮座する新型機を見上げた。
乗員 :1名(操縦士)
定員 :4名(乗客)
全長 :10メートル
全幅(翼幅):10メートル
全高 :4メートル
空虚重量 :3200キログラム
最大離陸重量:4500キログラム(推定)
エンジン :ハルト式10段回転盤エンジンx2
最高速度 :時速450キロメートル(推定)
上昇限度 :およそ5000メートル(推定)
というのがスペックである。
推定とあるのは、まだ実地試験を行っていないからだ。
なお、今回は双発機なので2重反転プロペラは用いない。
「この機体の名前はどうします?」
「それはアキラから提案されているものがあるんだ」
「それは?」
「『フジ』という名前なんだが」
「どういう意味ですか?」
「アキラの祖国で一番高い山で、国の象徴でもあるんだそうだ。画像を見せてもらったことがあるんだが、美しい山だったよ」
「へえ……」
「フジ、ですか。響きもいいですね」
「僕としては、異議がなければ『フジ』としたいんだが」
異議は出なかった。
こうして、新型機の名は『フジ』に決まったのだった。
『フジ』の試験飛行はまもなくである……。
お読みいただきありがとうございます。
活動報告でもお知らせしましたが、入院の関係もあり、
次回更新は2025年2月15日(土)10:00の予定です。
20250505 修正
(旧)また、こうして葉を摘むため、本来なら10メートルを超す大木となるクワの木であるが、
(新)また、本来なら10メートルを超す大木となるクワの木であるが、ひんぱんに葉を摘むため、




