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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第1章 基盤強化篇
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第二十八話 セリシンとフィブロイン

 アキラは『幹部候補生』5人に指示を出し、100個の卵を用意した。

「まずは 催青さいせいでやんしたね」

「蚕の卵を適当な温度に保ち孵化させることを『催青さいせい』というんですよね」

「孵化の3〜4日前になると、まず卵に青い点が生じる。これを点青期というんでしたっけ」

「それって、中にいる幼虫の頭部が先に色づくからっすよね」

「そしてその後、卵全体が青くなる。これが催青さいせい期だったけな」

 5人は、知識としても経験としてもちゃんと身に着いているようで、聞いているアキラも安心だ。


「みんな、よく覚えたな。そうだ。前にも言ったが、こうなるとあと1日か2日で卵はかえるんだ」

「ええと、朝が多いんでしたね」

「そうだ。……頼むぞ」

 この分なら十分任せられると判断したアキラは蚕室さんしつを出た。


 繭ができるまで1ヵ月弱。

 その間に、アキラは準備を全て整えておきたかった。

 そのために、何か見落としていることがないかと自問自答しているのだが、答えはなかなか出ない。

 そんな時、

「アキラ、こんなものでどうだ?」

 ハルトヴィヒが『繭から糸を一旦巻き取る糸巻き器』の試作を見せてくれた。

「お、早いな。……うーん、いいできだ」

「それならいいんだが……僕としてはもう少し軽く作れたらと思っている」

「うん、確かにな。機能を落とさないで軽く作ってもらえれば上々だ」

「よし、任せろ」

 胸を叩いてハルトヴィヒは工房へと戻っていった。


*   *   *


「あ、アキラ!」

 自分の『離れ』へ戻る途中のアキラを、リーゼロッテが呼び止めた。

 いつの頃からか、アキラたち4人は互いを呼び捨てにしている。ミチアを除いて。

 ミチアはメイドなので、自分からお客様や雇われ人を呼び捨てにするのは憚られるようなので仕方がない。

「リーゼ、どうした?」

「ええとね、繭を染めようといろいろやっていたんだけれど、うまく染まらないのよ。何でかしらね?」

「ああ、それは確か、繭……というか、蚕の吐いた糸は、タンパク質に……」

 ここでアキラははっと何かに気付いたような顔をした。

「え、えーと……何て言ったかな? ちょっと待ってくれよ」

 リーゼロッテの疑問は、アキラにとっても盲点だったあることを思い出させてくれたのだった。

 それで、半分ほど電池が消耗している『携通』を起動し、確認を取るアキラ。


「……ああ、そうだったそうだった」

「わかった?」

 アキラは頷いた。

「繭の糸は『セリシン』っていうタンパク質の一種で覆われているんだよ。それを取り除いてやらないと、染まりにくいんだ」

「あら、そうなの? もう少し詳しく教えてよ」

 そこでアキラはリーゼロッテの研究室へと向かった。

 立ち話も何なので……というより、単純に外は寒かったからだ。


「ええと、繭を作っている糸を『生糸きいと』と言って、『フィブロイン』というタンパク質でできた糸の周りを『セリシン』というタンパク質が覆った状態なんだ。物質名はいちいち覚えなくてもいいよ」

「ううん、大丈夫。続けてちょうだい」

 名称は覚えなくても問題ないとアキラは言ったが、リーゼロッテはきちんとメモを取っていた。

「で、このセリシンは接着剤的な性質がある。だから生糸はくっつき合って繭になるわけだ」

「あ、そうなのね。確かに、接着剤的な何かがなかったら繭にならないわよね」

 リーゼロッテは目から鱗が落ちた様な顔をした。

「で、セリシンを取り除くために、生糸をアルカリ性のお湯で煮るんだ。そうするとフィブロインでできた糸が残る。これが『絹糸』もしくは『練糸ねりいと』と言うんだ」

 アキラは『携通』を見ながらリーゼロッテに説明した。

「なるほどね。繭はそのセリシンで覆われた糸でできているから染まりにくいのね」

「そういうことだな」

 ここでアキラは、考えなしにもう一つの情報を口にしてしまう。

「そのセリシンは美容液にも使われるらしい。保湿効果が抜群なんだってさ」

「えっ」

 リーゼロッテは少し考えていたが、

「じゃあ、セリシンを取り除いた生糸は絹糸になって、そのセリシンは美容液に使えるってわけなのね?」

「まあ、そうなんだが、どうやってセリシンだけ残すかはわからないなあ」

 アルカリ溶液で煮込めば、生糸からセリシンを取り除くことができるが、そのアルカリ溶液をどう処理すればセリシンだけが得られるのか、そこまでは『携通』にも入力していなかった。

「研究課題の1つにするわ!!」

 そう宣言したリーゼロッテを見て、

「やっぱり女の子なんだなあ」

 と思ったアキラであった。


*   *   *


 アルカリ溶液を簡単に得るには、草木灰を水に溶かした上澄み、いわゆる『灰汁』(あく、はいじる)を使えばいい。

「濃度がわからないわね」

 こういう時は薄い方から試していくもの。そうやってリーゼロッテは、ちょうどいい灰汁の濃度を見つけていくことにした。

「今は実験だから繭でやってるけど、生糸を処理したものはさっきも言ったように『練糸ねりいと』とも呼ぶんだ。染めをする糸はこっちだな」

 アキラも、そこまでは実習でやっておらず、手探り感は否めない。だが、リーゼロッテという頼もしい仲間がいた。

「その辺は任せておいて」

 これ以上はアキラも手伝えないので、リーゼロッテに頼らざるを得ない。

「うん、頼む。……でも、この前みたいに行き詰まる前に相談してくれよ?」

 鉛蓄電池用の二酸化鉛電極を作った際の行き当たりばったり実験のことがあるので、アキラは念を押したのだ。

「うっ……そ、そうね。気をつけるわ」

 身に覚えがあるので、少し顔を赤くしながら頷いたリーゼロッテであった。


*   *   *


「……さーて……わからなくなったぞ」

 『離れ』に1人戻ったアキラは、独り言を呟きながら悩んでいた。セリシンのことを思い出したからだ。

 これが付いたままだと染色がしづらいだけではなく、巻き取った糸同士がくっついてしまうのだ。

 具体的には、お湯で煮た繭から生糸を引っ張り出す時。

 水を含んだ状態の時はいいが、乾燥するとセリシンの作用でくっつき合ってしまうので、毛糸を紡いだ時のように糸巻きからすぽんと抜けないのである。

「糸巻きも工夫しないといけないんだっけな」

 単なるドラムに巻くのでは駄目で、糸巻き自体をばらすことができるようにしなければならないようだった。

「……バッテリー残量が心許ないけど……仕方ないな」

 『携通』のデータを検索し、どうするのがベターか検討するアキラであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は6月9日土曜午前10時を予定しております。


 20180603 修正

(誤)でも、この前みたいに煮詰まる前に相談してくれよ?」

(正)でも、この前みたいに行き詰まる前に相談してくれよ?」

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