第十六話 朱夏
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
頭上から、夏の暑い日差しが照りつける。
ド・ラマーク領でも、それは例外ではない。
「うわーい!」
「おにーちゃ、まって」
タクミとエミーは、『絹屋敷』の裏手に作ったプールで遊んでいた。
侍女のリリアが監視役をしている。
プールといっても、縦7メートル横5メートル、深さ60センチ(水の量によって1メートルまでは深くできる)のもの。
『絹屋敷』の使用人たちが春からせっせと土を掘って作ったものだ。
中はレンガで固め、水が漏れないようになっている。
夏以外は溜め池として使えるので、畑への水撒きに使えるのだ。
というか本来の目的は溜め池を作ることで、プールにしようということになったのは初夏頃だったりする。
そういう場所での水遊びなので、侍女のリリア1人がついていれば安心なのであった。
そこへ、アキラが顔を出した。
「涼しそうだなあ」
「あ、旦那様」
「うーん、泳ぎの練習用に一般開放してもいいかもな」
ド・ラマーク領は山国、川や湖で泳ぐ機会も多く、毎年1件以上は水難事故が起きていた。
そのほとんどが溺れたため、ということで、子供たちに泳ぎを教える必要があるのだが、川や湖での練習には必ず大人が付いていかねばならず、機会がなかなかないというのが現状。
そこでプールである。
水に浮くことや息継ぎを覚えてしまえば、あとはかなり楽になる。
それにここなら泳げない女性でも監視役ができるので、アキラ一家が使わない時には領内の子供たちの水泳練習場としよう、というわけである。
* * *
「きょうはみずのなかでめをあけられたよ!」
「ぷかーってうけるようになった!」
「あし、ばたばたやったらすこしすすんだ!」
子供たちも、遊び気分で泳ぎを覚えられるので上達は速い。
自然の水場の危険性を教えるのは大人の役割である……。
* * *
王都でも暑い日が……と思いきや、ここ数日は曇天で、やや過ごしやすい。
「練習にはもってこいだよ」
「そうですね」
新米パイロットたちも日夜飛行訓練(夜はシミュレーション)をこなし、各自の飛行時間は200時間を超えていた。
そろそろ『新米』とは呼べなくなり始める頃だ。
「だが、慣れてきた頃が一番危ないからね」
「そうですね、先生」
慣れによる油断が、思わぬ事故を引き起こすこともあるのだ。
今のところガーリア王国では、人命に関わるほど大きな飛行機事故は起きていない。
離陸失敗や着陸失敗による不時着が、事故としては最大のもので、その場合も搭乗者は骨折で済んでいた。
「それでも、いつかは大事故が起きる可能性はあるからな」
「はい、肝に銘じます」
内燃機関ではないため、燃料が炎上するようなことがないのが救いである。
* * *
「たまには飛ばないとね」
「そうですよねえ」
連日新型機の開発をしているハルトヴィヒたちであるが、たまには息抜きに空を飛びたいという欲求も溜まってくる。
「曇ってはいますが微風ですし暑くないのがいいですよね、先生」
「それはそうだね」
ちなみに今現在、ハルトヴィヒ、シャルル、アンリ、レイモンの4人には『専用機』が与えられている。
私用に使うのは厳禁だが、勤務時間中のフライトに大きな制限はなく、好きな時に飛べるのだ。
機種は最新型の『エトワール1』。
同機は絶賛量産中で、現在15機が完成していた(そのうちの4機)。
ガーリア王国では国内における情報の伝達(公文書のやりとり)や、より正確な地図作りに活用している。
軍事的な用途としては、今のところ高空からの偵察、という用途が想定されていた。
アキラが懸念している、爆弾による攻撃は当面はないだろう(爆薬が存在しないから)。
* * *
「やはり空の上は気持ちがいいな」
建前は『飛行時の挙動確認』『局部の改善点洗い出し』『飛行技術の鍛錬』など。
ハルトヴィヒたちは1時間ほど飛行した後に地上へと戻った。
* * *
「さて、気分転換もできたし、こっちに専念しようか」
「はい、先生」
彼らのテンションが今ひとつ上がらない理由として、今手掛けているものが『計器類』だ、ということもあった。
その重要性は理解していても、どうしても地味で細かい作業が多いのだ。
「気圧計はできてます。あとは校正だけです」
「水準器も大丈夫です」
「気圧差速度計も完成です。問題は目盛りです」
1つ1つ、形にしていくハルトヴィヒたち。
「圧力弁の方も順調だよ」
「さすが先生ですね」
「これでなんとか、高空での気圧確保は大丈夫だろう」
が、ここでシャルルが提案を。
「先生、逆の場合は起きませんかね?」
「逆というと?」
「外部の気圧が地上の標準気圧より高くなる可能性です」
それはつまり、機内の気圧がどんどん高くなっていく、という事態になるはずだ。
「深い穴の中ならありうるだろうが……」
とはいえ、絶対にないとはいえない。
風圧によって外気を取り入れ、圧力を増そうとしている以上、その風圧が標準気圧を上回る可能性も十分にあるからだ。
「うん、そういうことなら、手動で空気取入口を閉じれるようにしておくべきかな」
念には念を入れ、である。構造としては簡単なのですぐに追加できる。
「あとは……圧力が高まり過ぎた時用の減圧弁も作ればいいわけだ」
このようにして、新型機は一歩一歩完成に近づいていくのであった。
* * *
そしてド・ルミエ領のボーキサイト鉱山。
「よくやってくれたな」
フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は関係者をねぎらっていた。
併設したアルミニウムの製錬所が正式に稼働を開始したのである。
これにより、ボーキサイトではなくアルミニウムのインゴットを出荷できるため、輸送の効率が飛躍的によくなったわけだ。
ガーリア王国のアルミニウム産業興隆の始まりであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年1月18日(土)10:00の予定です。




