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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第14章 発見篇
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第十三話 ファウラーフラップ

 ド・ラマーク領では、『夏蚕なつご』の飼育が始まっていた。

 すでに蚕は2齢になり、盛んにクワの葉を食べている。


「順調だな」

「へい、旦那様」

「順調な時ほど油断して事故を起こしやすいから、気を付けてくれよ」

「わかりやしたです」


 気を引き締めるよう注意をしたアキラであった。

「好事魔多し、というからな」


「……それって、面白い言い回しですよね」

 休憩時間にお茶を飲みながらミチアが言った。

「他にもそういう言い回しってあるんですか?」

 ミチアは現在、日本語の勉強中なのである。


「『花に嵐』、とかもそうかな?」

 どちらも、よい物事にはとかく邪魔が入りやすいというような意味である。

「あ、似たような言葉で『月に叢雲むらくも、花に風』というのもあったな」

「ええと、月には雲がかかりやすく、花には風が吹きやすい、ということでしょうか?」

「直接的にはそうだな。だから油断しないようにしよう、といったり、注意喚起をすることわざになっているんだろうな」

「難しいけれど、面白いですね」

「そう思えるミチアに驚きだよ」

 どこまで語学に堪能なんだ、と舌を巻くアキラである。

 そして、これがフラグにならなければいいな、とも……。


*   *   *


 ド・ルミエ領も、ボーキサイト鉱山の開発は順調である。

 ボーキサイトは単独の鉱物ではなく、『ギブス石』(ギブサイト)、『ベーム石』(ベーマイト)、『ダイアスポア』など水酸化アルミニウム鉱物の混合物である。

 つまり、鉱物ではなく岩石といえる。

 酸化アルミニウムは風化に強いので、風化が早く進む熱帯雨林に鉱床が多い。

 そういう意味では、北の地であるド・ルミエ領で見つかったボーキサイトは、この惑星の過去を知るための手掛かりとなるかもしれないのだが、それはまた別の話。


 ともかく、ボーキサイトは『沈殿物』のため、深い坑道を掘削する必要がないのは幸いであった。

 おかげで、採掘と運搬が軌道に乗るのに時間が掛からなかったのである。


「今は、採掘量が精錬量を上回っておりますので、精錬しきれなかったボーキサイトは仕方なく王都へ運んでいますが、もうすぐ製錬所が3箇所完成します」

「そうなれば、領内で精錬したインゴットを送ればよいわけだな。……うむ、期待しているぞ」

「は、閣下」

 フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は鉱山を見回りながら説明を聞き、満足気に頷いた。


 そして。

「作業員たちにはマスクの着用を徹底しているだろうな?」

「はい、それはもう」

 ボーキサイトの粉を吸い込むことで起こる塵肺じんぱいの一種である『ボーキサイト肺』は症状の進行速度が非常に速く、4年ほどで死に至るため、作業者には防塵マスクの着用が必須なのである。


「アキラ殿から指摘されなければ、病人が続出していたところだな」

 ド・ラマーク領の方を眺めながら、フィルマン前侯爵はぼそっと呟いたのだった。


*   *   *


 王都では、ハルトヴィヒたちによる新型機の検討会が終わりを迎えていた。


「では、この形式で決定しよう」

「はい、先生」

 最終的に決定したのは、日本製の双発プロペラ機でMUー2によく似た形状。

 ただし、主翼端部に燃料タンクはなく、代わって『ウイングレット』となっている。

 ウイングレットとは、翼端を上方へ折り曲げた形式で、翼端後方に生じる『翼端渦』と呼ばれる空気の渦を減少させる効果がある。

 翼端渦は翼端を後方に引く力を発生させるので、空気抵抗(誘導抗力)が増大する。これを防げるのだ。


 その他の形状はMUー2を踏襲とうしゅうしている。

 ハルトヴィヒも、あえて変える必要性を認めなかったのだ。

 なまじ独自の形状に変更すると、思わぬ不具合が生じる可能性が高まるからである。

 素人が料理を作る際に独自のレシピに挑戦すると、大抵は失敗するにの似ている……かもしれない。


「肝心なのはこの『ファウラーフラップ機構』だからな」

「わかってます」


 ファウラーフラップというのは、スライド式にせり出すフラップ(高揚力装置の一種)である。

 単に主翼の後端を下げるフラップを『単純フラップ』という。

 第2次世界大戦中の戦闘機によく用いられた、主翼後端の下側だけが分離して下がるものを『スプリットフラップ』。

 そして主翼後端が後ろにスライドしつつ下がるのが『ファウラーフラップ』である(『局地戦闘機 雷電』はこれを採用している)。

 翼面積も増えるため、より揚力の増加が期待できる。


 さて、フラップと主翼との間に隙間スロットを設け、主翼下面から上面に空気が流れるようにすると、フラップの上面にも気流が生じるため、より揚力が高まる。

 ファウラーフラップのフラップ部分を大小2枚に分離し、この隙間スロットを2つ設けたものが『スロッテッドファウラーフラップ』で、構造は複雑になるが効果は大きい。


 離着陸時など低速飛行時には翼面荷重が小さい方が有利だが、高速飛行時は十分な揚力が得られるため、翼面積が必要以上に大きいと風に弱くなる。

 そういった飛行機の特性上、『スロッテッドファウラーフラップ』は適しているのだ。


「とはいえ、今の我々では、1段のファウラーフラップが限度だろう」

「元々機体重量が軽いですからね」

 この場合の比較対象は、先程から出てきている双発プロペラ機MUー2だ。

 MUー2は『スロッテッドファウラーフラップ』を採用し、STOL(短距離離着陸機)化している。

 が、ハルトヴィヒは、無理にそこまで真似ずとも、1段のファウラーフラップで行けるだろうと考えていた。


「これができれば、我々の仕事も一区切りだろうな」

 ハルトヴィヒはこの双発機を使い、アキラと共に、まだ見ぬ北の地を訪れたいと考えていたのである。


*   *   *


「そろそろ暑くなるかな」

 青く澄み切った初夏の空を見上げ、アキラはつぶやいた。

 はるか北には、残雪をいただいた高山が連なっている。


「今年の秋には、あの向こうへ行けるんだろうか……」

 それはかつての夢、そして現在は希望となっている。

 高い空に浮かぶ一片ひとひらの雲は、そんな憧れを乗せて北の空へと流れていった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は12月21日(土)10:00の予定です。


 20241214 修正

(誤)ウイングレットとは、翼端を上方へ折り曲げた形式で、、

(正)ウイングレットとは、翼端を上方へ折り曲げた形式で、

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― 新着の感想 ―
>>ファウラーフラップ 俺知ってる!昔流行ったやつ!!腰の所でクルクル回すやつ!! >>好事魔多し 工事現場では魔(穴)が多いから気をつけようって意味さ! >>そして、これがフラグにならなけれ…
塵肺に関する知識はこの鉱山だけでなく多くの鉱山で鉱員の助けになるでしょうねえ そっち方面でも名を残しそうだ
>>盛んにクワの葉を食べている 仁「何故巨大化しないのか・・・」 56「って勢いで食べているよな」 明「いやいやいやいや」 >>面白い言い回し 仁「饅頭怖い?」 56「それは違うだろうが」 明「そう…
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