第十二話 色と翼面荷重
季節は初夏を迎え、ド・ラマーク領は一面緑に覆われた。
とはいえ、淡い緑、濃い緑、黄緑、青緑、深緑、若葉色、若草色、萌黄色……。
一口に緑といっても、様々な緑があった。
「あなた、『緑』と『青』って、違うんですか?」
アキラの愛妻、ミチアが尋ねる。
最近のミチアは、家事の合間に日本語の読み書きを熱心に勉強しており、語源や用法についてもかなり詳しくなりつつある。
「そうだな。……俺が聞いたところでは、『青』というのは『緑』の古い呼び名のようなんだ」
「そうなんですか?」
「新緑のことを青葉、と言ったり、葉が繁るさまを『青々と』なんて言うからね」
「そうなんですね。……他に、色に関する面白いお話ってありますか?」
「うーん……色名なんてのはどうかな? 教授から、雑談できいた話だから、どこまで信じていいかわからないけどね」
日本語の色名については諸説あるようだ。
「白、黒、赤、青の4つは特別なんだとさ」
その4色だけは形容詞であり名詞でもある。
「そして黄と茶は『〜色い』としないと形容詞にならない」
「黄色い、茶色い、ですね」
「そういうこと。……で、あとは全部名詞のみで形容詞にはならないそうだ」
「確かにそうですね。紫とか、ピンクとかは、『〜の』『〜色の』としないといけないみたいです」
紫の布、ピンク色の絨毯、のように使うわけだ。
つまり、日本語の色名で特徴的なのは6つだけで、あとは『〜の』『〜色の』となる。
日本語を勉強する外国人は、最初に混乱し、6つだけが特殊と聞いて安心する……らしい、と教授が言っていたことをアキラは説明した。
「あなたの母国の言葉って面白いですね」
「それには同感だよ」
そんな複雑な言語をマスターしつつあるミチアの語学力は驚異的だよな、と感心するアキラなのだ。
* * *
ド・ルミエ領では、鉱山の開発が進められている。
すでにボーキサイトの採掘は進んでおり、アルミニウムの精錬も始まっている。
王都から大勢の技術者や研究者が来て、日夜忙しく働いていた。
「この品質なら、十分に採算が取れますよ」
「閣下、間違いなくこの鉱山は我が王国に莫大な富をもたらしますぞ」
と保証してもらったため、開発はさらに加速する。
「晩年になって、領地がこれほど活気づくとはな。長生きはするものだ」
と、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は目を細めて鉱山を眺めていた。
* * *
ド・ルミエ領で作られたアルミニウムのインゴットは王都に運ばれ、銅やマグネシウムを添加されてジュラルミンになり、航空機材料として使われることになる。
銅は古くから使われてきた金属で、鉱山もあちらこちらにあったし、マグネシウムは海水から比較的簡単に(魔法を使って)抽出されている。
「ここのところのジュラルミン生産量の増加を見ていると、思ったより早く全金属製の飛行機を量産できそうだ」
「そうですね、先生」
「ここはひとつ、先行して数台のカスタムメイド品を考えてみるべきかもしれないな」
ハルトヴィヒは技術陣を集めてそんな提案を行った。
量産は、来年度を目安に立ち上げるが、特殊な用途……国の象徴とか、探検用など……の飛行機も作ったらどうかというわけだ。
要するに一品生産モノである。
量産機ではないので、特殊な構造や複雑な機構もどしどし取り入れられる。
超高性能試作機といってもいい。
それを量産機に展開するにあたり、構造を簡略化したり、素材を変更したりするわけだ。
もちろん不具合点があればその修正も行うことになる。
「どんな機体を作るんですか?」
「航続距離が長く、複数人が乗れて、積載量もそこそこある機体にしたいものだな」
「実用的ですね」
「そうなんだ」
航続距離に関しては、魔法技術なので問題はない。
問題は、『複数人』……何人? 『積載量』……何キログラム?
こうした数値を決めねば設計は始められない。
「定員数と積載量は、同じ方向性の数値だから、まずは機体の大きさや翼面荷重を検討してみよう」
「確かに、そうですね」
「大きければ大人数が乗れるわけですし、積載量も多くなるわけですから」
ハルトヴィヒの提案により、まずは今現在建造可能な大きさの上限を検討することになった。
メンバーはハルトヴィヒ、アンリ・ソルニエ、シャルル・ボアザン、レイモン・デュプレの4人だ。
「最初の検討項目には入れなかったが、速度もどうするか考える必要があるな」
ハルトヴィヒは、自分の言い出した検討項目に、速度も入れることにした。
「時速200キロを出せれば十分だと思うんだが」
「そうですね」
そこで、それらを満たす機体が作れるかどうか、の検討が始まる。
「まずは翼面荷重を決めてみたらどうでしょう?」
シャルル・ボアザンが提案し、全員がそれに同意。
「それはいいかもしれない。……そうだな、80から120くらいか?」
この場合の単位は『キログラム/平方メートル』である。つまり翼面積1平方メートルあたりが受け持つ機体重量ということ。
計算式は『機体重量/翼面積』となる。
ちなみに、グライダーだと60くらい(単位省略)、単発プロペラ機で70くらい。双発プロペラ機だと125くらいである。
第2次世界大戦時の戦闘機、スピットファイアは135という値が『携通』には保存されていた。
「速度を上げるには翼面荷重を増やし、積載量を増やすなら翼面荷重を減らす必要がありますね」
ジェット戦闘機であるFー15イーグルは546と、桁違いに大きい。
なお、蝶は0.168、鳥類は1〜20というデータも『携通』には載っていた。
「仮に120を目標値としてみよう」
変数が多数ある場合、幾つかを仮に決めてみることで他の値も決めやすくなるのだ。
「で、翼面積も決めてみよう」
先程の例だと、スピットファイアの翼面積は22.48平方メートル、機体重量は3039キログラム、となっていた。
「30平方メートルとしたら機体重量は3600キログラムか……」
「もう少し重くなるかもしれませんね」
「では、翼面積を40にしてみよう」
「そうすると4800キロ、いい線かもしれません」
「うん? ちょっと待ってくれ……」
ハルトヴィヒは『携通』から抜き出した飛行機資料をめくっていく。
ちょうど該当するような機種を見た覚えがあったのだ。
「ああ、これだ」
ハルトヴィヒが見つけたのは、日本製の双発プロペラ機でMUー2という機体であった。
「重量が3600キロ、双発プロペラ。参考にするには絶好じゃないか?」
「これは……!」
「いいですね!!」
ということで、これをベースに、話し合いを続けることになったのである。
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次回更新は12月14日(土)10:00の予定です。




