第九話 安定と発展と
ド・ルミエ侯爵領では、ボーキサイトと思われる鉱石の試掘が始まっていた。
当面の目的は2つ。
本当にボーキサイトなのか、そしてボーキサイトだとしたら埋蔵量はどれくらいなのか、である。
「比較的、運搬路の付けやすい場所でよかったな」
「は、閣下」
山奥とはいえ、木材の搬出に使う道が付けられていたため、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵らは馬でやって来ることができていたのである。
「これなら、鉱石の搬出も効率がよさそうだな」
「はい、閣下。途中からは船も使えるかと」
「おお、その手もあるな」
大きな川ではないがすぐそばに谷川があり、500メートルほど下ればもう滝もなく、小船であれば使用できる水深となる。
さすがに『自動車』はまだこちらにまでは回ってきてはいないので、船でかなりの距離を運べるのはありがたいことだった。
「閣下、やはりこれはボーキサイトですね」
「おお、そうか!」
王都から招いた鉱石の専門家が、これも王都でもらってきたサンプルと比較し、ボーキサイトであると断定したのである。
この日を境に、ド・ルミエ侯爵領は、さらなる発展を遂げることになる。
* * *
アキラが治めるド・ラマーク領では、いつもと変わらない平穏な日々が流れていた。
「お蚕さんももう3齢か」
「へい、大分クワの葉を食べるようになりました」
が、陽気も暖かくなり、クワの葉も急速に伸び始めているため、飼料にはこと欠かない。
飼育時、保存用のクワの葉で育てた蚕は、採れたてのクワの葉も喜んで食べるが、その逆は駄目なのである。
つまり、新鮮なクワの葉で育った蚕は、加工された保存用のクワの葉はほとんど食べないのだ。
ゆえに、養蚕の最終シーズンである『晩秋蚕』の時は要注意である。
落葉期となって新鮮なクワの葉が手に入らなくなってしまったら、蚕が食べるものがなくなってしまうからだ。
閑話休題。
「春になったんだなあ」
今は『春蚕』の季節。クワの葉は若葉ばかりで、蚕も喜んで食べてくれる。
日に日に緑を増す桑畑で葉を摘む作業もまた、春を感じられて楽しいものだ、とアキラは思っている。
「今年も、穏やかな年になるといいな」
「はい」
平年並み。
自然を相手にする仕事に携わる者たちは、皆そう願っている。
暑すぎても寒すぎても、降水量が多くても少なくても……苦労することになるからだ。
アキラは、ふと北の山を見上げた。
白銀に輝く残雪。それは例年どおりの量に見える。
よほどのことがない限り、水不足にはならないだろうと、まずは一安心であった。
* * *
王都では、ド・ルミエ侯爵領でボーキサイトが見つかったという知らせに沸いていた。
これで、新素材である『ジュラルミン』の大量生産の目処がたったからである。
まもなく、鉱山の専門家もド・ルミエ侯爵領に出向することになるだろう。
「運搬用のトラックの製造を命ずる」
王命により、大型トラック(といっても、まだこの世界的には2トン車クラス)の量産が始まった。
自動車技術の第一人者となったルイ・オットーは、設計に掛かりきりである。
そして、この自動車製造において、『ゲルマンス帝国』からもたらされた、『過去の異邦人覚書』が役に立っている。
トラックに多用される『ラダーフレーム』や『板ばね式サスペンション』、『ボールベアリング』などのスケッチが多数含まれていたため、設計時の参考になったのである。
* * *
そして、ハルトヴィヒ率いる航空機部門も大忙しであった。
新型機『エトワール1』が量産され始めたことを受け、より高性能な最新鋭機を求めて実験・試作が行われているのだ。
「反トルクを打ち消すため、『二重反転プロペラ』の開発を行いたい」
『ジュラルミン』の量が確保できないため、まだしばらくの間、機体の開発に手を付けることができない。
その代わりに、この新技術に目をつけたのである。
『二重反転プロペラ』は、同軸上に取り付けた2組のプロペラを、それぞれ反対方向に回転させるもの。
プロペラの回転により、その回転の反対方向に作用・反作用の法則によって『反トルク』が生じる。
『二重反転プロペラ』はこの反トルクをなくすための技術である。
「『ハルト式回転盤エンジン』なら構造がより簡単になるはずですからね」
「ああ、うん、そうだな」
『ハルト式』と冠されることに未だに抵抗のあるハルトヴィヒであった。
それはともかく、同軸上の2組のプロペラをそれぞれ反対方向に回転させるために、現代日本、いや現代世界では歯車機構を使う。
従って構造が複雑になってしまい、必然的に故障率が高くなる。
だが『ハルト式回転盤エンジン』は違う。
魔法によって円盤を『押し』て回転させているので、回転盤ごとに回転方向を逆にすることも楽にできるのだ。
これがレシプロエンジンだと、クランクシャフトの剛性の問題で、そう簡単に同軸化して逆回転させることはできない。
シャフトに加わる力の種類が根本的に異なるからだ。
すなわち、レシプロエンジンはピストンの運動による『曲げ』、ハルト式エンジンは『ねじり』。
この違いが『二重反転機構』の作りやすさの違いになっているというわけである(詳細な力学的解説はここでは省略する)。
「ということで、8段の回転盤を4段ずつ2組に分け、それぞれを逆に回転させればどうかと考えている」
「いいですね、先生」
「さっそく試作してみましょう」
構想上、問題はなさそうだったので、早速試作に取り掛かるハルトヴィヒたちであった。
* * *
『ゲルマンス帝国』から派遣された技術者2人は、量産される『エトワール1』の動作試験・飛行試験を担当している。
「この機体は量産向きだね」
「そうだな。機体間の性能ばらつきも小さいし、扱いやすいしな」
ちなみに、エトワール1のスペックは以下のとおり。
単発単葉機
乗員 :1名(操縦士)
定員 :2名(乗客)
全長 :7.2メートル
全幅(翼幅):9.0メートル
全高 :2.5メートル
空虚重量 :420キログラム
最大離陸重量:900キログラム(推定)
エンジン :ハルト式8段回転盤エンジン
最高速度 :時速270キロメートル
上昇限度 :およそ2000メートル
ここで『乗員』とは飛行機を運用するための人数で、『定員』は乗員とは別に、乗ることができる人数である。
つまり『エトワール1』は操縦士以外に2人が乗ることのできる機体ということである。
この後この機体を使って、ド・ルミエ侯爵領に鉱山関係者が送り込まれることになるだろう……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月23日(土)10:00の予定です。
20241116 修正
(誤)『過去の異邦人覚書』が役に立っている。
(正)『過去の異邦人覚書』が役に立っている。




