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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第14章 発見篇
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第五話 めぐりくる春

 ちょっと残酷な表現があります。虫注意。

 『雪代』。

 山などに積もった雪が融けて、川に水があふれること。また、大量の雨によって発生する大規模な雪崩のことでもある(携通調べ)。

 雪汁ゆきじるの転だという。


 さて、春を迎えたド・ラマーク領では雪解けが進んでいる。

 雪解け水が川に流れ込み、水かさを増していた。雪代である。

 非常に冷たい水なので、万が一落水でもしようものなら、心臓麻痺の危険もあるため、アキラは領民に対し注意するよう周知徹底させている。


 それはそれとして、ド・ラマーク領の渓流では、この季節限定の渓流魚、『ユキシロヤマメ』(雪代山女魚)が捕れる。

 もっともこの名前はアキラが命名したもので、現地での呼び名は『エノハ』という。

 このエノハがアキラの知る山女魚ヤマメに似ていたことと、雪解け水で増水した川の支流で釣れることなどから、話に聞いた『ユキシロヤマメ』みたいだ、と思ったことが発端であった。


 ド・ラマーク領の渓流は皆、魚影が濃い。

 その昔の上高地梓川は『イワナ七分に水三分』と言われたほどにイワナが多かったようで(もちろん誇張であろうが)、ド・ラマーク領の渓流もまた魚影が濃い。

 そんな渓流魚で燻製くんせいや甘露煮を作り、特産品として売り出そうとアキラは考えており、その際に『ユキシロヤマメ』の名を使うことで他の地方のものと差別化をしたかったわけである。


 漁法は釣りが多い。

 網では根こそぎにしてしまう恐れがあるので、アキラは許可制にしている。


 釣り竿は、弓にも使える弾力のある木で作り、道糸とハリスは本テグス。

 餌は川虫あるいは毛鉤けばり

 ルアーではない。


 本テグスとは、カイコやクスサン、ヤママユガの幼虫を腹または背から切り開いて『絹糸腺けんしせん』という糸を作る器官を取り出し、それを酢に漬けてから引き伸ばすことで作られる。

 ド・ラマーク領では成長の度合いがよくないカイコを間引いて作られている。

 また、『人造テグス』も使われる。

 こちらは絹糸に撥水処理をほどこしたものだ。

 ちなみに、現代日本で主流のナイロンテグスは『合成テグス』と呼ばれ、『人造テグス』ではない。

 もちろん本テグスも人造テグスも、ナイロンテグスに比べたら強度は格段に落ちる。


 浅い川底の平たい石をひっくり返すと、『クロカワムシ』『チョロ虫』『ピンチョロ』などと呼ばれる、カワゲラなどの幼虫が見つかる。これを餌にして釣るわけだ。

 渓流魚は、元々こうした虫を食べているため、食いもよい。

 あるいは鳥の羽や染めた絹糸を使って毛鉤を作り、それを使う方法もある。

 エサ釣りはド・ラマーク領でも昔から行われていたが、毛鉤釣りはアキラが持ち込んだもの。

 釣果ちょうか的にはエサ釣りに軍配が上がるが、エサの付替えが必要ないため、毛鉤釣りも行われるようになってきた。


 『ユキシロヤマメ』の場合は、毛鉤の場合は水面に浮かせて(水に落ちた虫と思わせる)魚を誘い、生き餌の場合には水中に沈めて釣る。

 今日アキラは、『絹屋敷』から歩いて30分ほどのところにある渓流に、タクミを連れてやって来ていた。

「ちちうえ、ぼくもやってみたいです」

 立て続けに2尾を釣り上げたアキラを見て、タクミもやってみたいと言い出した。

「よし、やってみろ。タクミはまだ力がないから、竿は片手でなく両手で支えたほうがいいな」

「はい」

「毛鉤の動かし方はわかるか?」

「はい、みていましたから」

「よし、やってみろ。足元には気を付けるんだぞ? あと、絶対川に落ちるなよ」

「はい!」


 整備された釣り堀ではなく、ただの川原なので石がゴロゴロしており、油断するとつまづいてしまう。

 渓流釣りは基本的に歩き回る釣りなので、特に気をつけなければならない。

 その点、タクミは注意深い性格のようで、ちゃんとアキラのいうことを聞いており、30分ほど掛かったものの自力で『ユキシロヤマメ』を1尾釣り上げたのである。


「帰ったらリリアに焼いてもらおうな」

「はい!」

 リリアはタクミが小さい頃から世話している侍女で、タクミのお気に入りである。

 甘露煮や燻製は時間が掛かるので、まずは塩焼きで食べることにする2人であった。


*   *   *


 一方王都は雪のない冬を越し、春を迎え、活気づいていた。

 ゲルマンス帝国から、『ボーキサイト』の第1便が届いたのである。


「これでアルミニウムを作って、さらにジュラルミンにする。そうすれば飛行機を作り始められるだろう」

「楽しみですね、先生」

「材料を準備している間に設計を進めよう」

「はい!」

 ハルトヴィヒと弟子たちは頷きあったのである。


*   *   *


 ゲルマンス帝国からの技術者2人も頑張っている。

 この日、ついに最新鋭の単座飛行機『ヒンメル3』での単独飛行を行ったのだ。

 それを祝し、2人は寮で祝杯を挙げていた。


「大空に乾杯!」

「飛行機に乾杯!」

 ゲルマンス帝国産のエールである。

 そのエールと一緒に、ボーキサイトも届いていた。


「今日、ついに『ボーキサイト』が本国から届いたようだ」

「これで我々の顔も立つな」

「まあ、ここの技術者は皆いい人ばかりで人当たりもいいけどな」

「ハルトヴィヒ殿が帝国出身というのもあるんだろうなあ」

「違いない。……俺も帰化したくなってきたよ」

「それはできないなあ……実家に迷惑がかかるぞ」

「それはわかっているよ」

 留学は帝国臣民としての『役目』であるから、勝手に放り出すと貴族である実家に迷惑がかかってしまうのである。


「それに、ようやく『ヒンメル3』に乗ることができたんだからな」

「そうだったな。……ああ、空を飛ぶことは素晴らしい!」

「同感だ。ようやく一人前と認められたんだよな」

「乾杯!」

「おいおい、何回乾杯する気だ」

「何度だっていいさ」

「それもそうだ。乾杯!」

 おそらく2人は、翌日は二日酔いになるだろう……。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は10月26日(土)10:00の予定です。


 20241019 修正

(誤)それとはそれとして、ド・ラマーク領の渓流では

(正)それはそれとして、ド・ラマーク領の渓流では

(誤)釣り竿は乾燥させた竹、道糸とハリスは本テグス。

(正)釣り竿は、弓にも使える弾力のある木で作り、道糸とハリスは本テグス。

(誤)釣果ちょうか的にはエサ釣りい軍配が上がるが、

(正)釣果ちょうか的にはエサ釣りに軍配が上がるが、

(誤)今日アキラは、『絹屋敷』から歩いて30分ほどのところにある渓流に、タクミを釣れてやって来ていた。

(正)今日アキラは、『絹屋敷』から歩いて30分ほどのところにある渓流に、タクミを連れてやって来ていた。

(誤)甘露煮や燻製は時間が掛るので、まずは塩焼きで食べることにする2人であった。

(正)甘露煮や燻製は時間が掛かるので、まずは塩焼きで食べることにする2人であった。

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― 新着の感想 ―
 水害対策に中腹あたりに大きめの岩を敷いてその周りに魚らが好みそうな感じで小さめの岩を配置していきます、その後は魚が欲しくなったら敷いた岩に大きめの岩を思いっきり叩きつけるだけで魚が捕れます。
>>さて、春を迎えたド・ラマーク領では雪解けが進んでいる。 そろそろ雪に埋もれた行方不明だった領民も出てくる頃でしょうね。 >>非常に冷たい水なので、万が一落水でもしようものなら、心臓麻痺の危険も…
誰も彼もがハルトみたいに帰化は出来ませんよねえ 彼らができるだけ長くこの国に居られれば良いのですが
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