第四話 新たなる素材、新たなるアイデア
ド・ラマーク領への帰路は平穏無事であった。
帰るとすぐにアキラは、『シェラック』のテストを行うことにした。
任されたのは木工職人のティナ。
今年20歳で、栗色の髪、鳶色の目をしている。
新進気鋭の木工職人で、木象嵌のような細かい加工が得意である。
木象嵌は色の異なる木を組み合わせて模様や絵を表現する技法で、精密な加工技術を必要とする。
ティナはそうした技術に長けていた。
「こんな技法があるのですね……」
アキラは『携通』に保存されている『寄木細工(箱根細工)』を見せていた。
そもそも、ド・ラマーク領周辺は木の種類が豊富なため、天然自然のままの木の色で象嵌を行える。
ならば『寄木細工』もできるのではないか、そしてそれを『売り』にしようとアキラは考えていた。
地球での『木象嵌』『寄木細工』は、染料で色を付けた木を使うこともあるし、天然の木を使うこともある。
その中で日本の『箱根細工』は木の色をそのまま使っている。
探せば、かなりの色が木材にはある。
白はマユミ、トチノキ、ミズキ、シナノキ。
クリーム色はヒノキ、ニガキ、タモ。
黄色はウルシ、クワ、ニセアカシア、カヤ、ツゲ、また外材のペクイア。
緑色はホオノキ。
赤色は外材のパドゥク、カリン。
濃紅色は外材のサティーネ。
赤紫色は外材のパープルハート。
淡褐色はクルミ、スギ。
赤褐色はイチイ、カツラ、サクラ、ケヤキ。
濃褐色は外材のウォールナット。
黒色は外材のコクタン、ソノケリン。
等、等、など。
残念ながら青系統はない(腐朽菌におかされた木材が青っぽく色づくことがあるが、さすがに使えない)。
「ははあ……『異邦人』の母国にはこうした作品があるのですね、勉強になります」
『携通』の画面を見たティナは俄然やる気を見せた。
話を戻すが、この『木象嵌』『寄木細工』の表面処理に『シェラック』を使うのである。
使い方は簡単。
高濃度のアルコールに溶かしたシェラックを、布で作った『タンポ』(てるてる坊主のような形)に付けて擦り込んでいくだけ。
これを『フレンチポリッシュ』といい、何十回から何百回も行うことで、平滑な塗膜ができる(大変なのはその回数だ)。
高級な楽器……バイオリン、チェロ、ウクレレ、ギターなどに使われている。
その一方で、アルコールに『だけ』は弱い(他の有機溶剤には溶けないのだが)ため、テーブルの塗装には向かない。
「一度溶かしてから濾すと、不純物が減って少し色も淡くなるようね……」
ティナは、いきなり製品に塗ることはせず、まず木片に試し塗りをして、ベストな使い方を見つけようとしていた。
* * *
一方、王都では、『ジュラルミン』の試作が行われていた。
アルミニウムの主な原料である『ボーキサイト』には『酸化アルミニウム』の形でアルミニウムが含まれている。
この酸化アルミニウムは非常に融点が高い(摂氏2054度)ため、溶融させるのが非常に難しい。
ではどうするかというと、溶融氷晶石(Na3AlF6、およそ摂氏1000度)になら酸化アルミニウムは容易に溶けるので、これを電気精錬することで金属アルミニウムを得ている(ホール・エルー法)。
が、この世界では『《アルケミア》』という魔法が存在し、これを使うことでボーキサイトから直接アルミニウムを得ることができるのだ。
そこまではよかったが、ここで行き詰まってしまう。
「ふうむ……『《アルケミア》』でボーキサイトから『アルミニウム』を精錬するまではいい。滑石からも『マグネシウム』を抽出できた。だがどうやって合金にすべきか……」
アルミニウムにマグネシウムと銅を混ぜる方法が見つからないのである。
溶融したアルミニウムは扱いが非常に困難なのだ。
アルミニウムの融点は摂氏660度と低いのだが、その温度では非常に活性が強く、たちまちのうちに酸素と化合して酸化アルミニウムに戻ってしまうのだ。
これを防ぐには無酸素雰囲気中で行えばよいわけだが……。
「そうか、これをこう、……よし、できたぞ!!」
ハルトヴィヒのチーム随一の魔法研究者スタニスラス・ド・マーリンは、『合金を作る』魔法も工夫してしまったのだ。
「《アレアシオン》……うん、これなら使える!」
海水から微量元素を抽出する魔法を開発した彼は、引き続き偉業を成し遂げたのである。
「何だって!?」
「素晴らしい! マーリン、よくやった!」
「タニー、君は天才だ!」
この《イクシミット》と《アレアシオン》という2つの魔法により、ガーリア王国の金属産業は飛躍的な発展を遂げることになるのだが、それはもう少し先の話。
* * *
「おお、これがジュラルミンか! 確かに丈夫だね!」
「はい、先生」
ゲルマンス帝国の技術者からアルミニウムを手に入れてからおよそ1ヵ月後、ハルトヴィヒたちはついにジュラルミンを手にしていた。
「これで、さらに高性能な飛行機が作れるぞ」
そして彼らは、全金属製飛行機の製作に向けて動き出したのである。
* * *
一方、『技術交流』に来ているゲルマンス帝国の技術者、マンフレッド・フォン・グラインとヴァルター・フォン・ベルケの2人は、忙しい毎日を送っている。
『航空力学』を学ぶのみならず、『飛行機の操縦』も訓練しているからだ。
最初は『凧式練習機』で十分な訓練を行った。
その後複座の『ルシエル1』で空を飛ぶ体験をさせてもらった後、練習機で飛行訓練である。
2人は毎日くたくたになるまで訓練を行い、今では『ヒンメル3』で危なげなく単独飛行を行えるまでになっていた。
そうなると技術者魂が刺激されるのか、2人は空いた時間を利用して、独自の構想を形にせんと、紙の上に書きつけ始めた。
それがある程度溜まったところでハルトヴィヒに相談する。
そして駄目出し、指摘、称賛を受け、構想をブラッシュアップする……という毎日を送っている。
そのアイデアはなかなか面白く、ハルトヴィヒとしても興味を惹かれるものがあった。
その中の最たるものは『串型機』と呼ばれるもの。
別名を『タンデム翼機』。主翼を2枚、機体の前後に備えたものである。
その様子が、ネギなど(?)を串に差したように見えたため『串型機』と名付けられたようである。
この型は、大きな翼面積を確保できるので、翼面荷重を小さく抑えられるというメリットがある……と思われた。
だが実際は、前の翼による気流の乱れにより、後ろの翼には期待したほどの揚力が発生しない。
それどころか前の翼による乱流によって後ろの翼が揺さぶられてしまい、姿勢が乱れることが風洞実験によって明らかとなった。
「残念だったな。翼面積を増やしたければ複葉機にすればいいしね」
「確かにそうですね……」
「風洞実験ですか、実際に近い条件での実験ができるというのは素晴らしいですね……」
残念ながら、なかなか新機軸というものは実用化できるものではないようだ……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月19日(土)10:00の予定です。
20241012 修正
(誤)布で作った『タンポ』(てるてる坊主のような形)に付けて刷り込んでいくだけ。
(正)布で作った『タンポ』(てるてる坊主のような形)に付けて擦り込んでいくだけ。




