第二十一話 約束の時
ド・ラマーク領、午前8時。
「もうそろそろかな」
「今日はお天気がいいですから、間違いなくいらっしゃるでしょう。でもまだ8時ですから……」
秋も深まったある日のこと。
王都から『飛行機』が飛んでくるというので、ド・ラマーク領では手の空いたものは飛行場に集まっていた。
『飛行機』については、アキラが模型飛行機を飛ばしているから、『空を飛ぶ乗り物』については知っていた。
ただ、それが人を乗せて空を飛べる、ということには興味津々なのだ。
アキラとしては箝口令を敷くほどではないと、特に口止めはしなかった。
とはいえ、積極的に触れ回ることもしなかったのだが、どこからどう伝わったのか、飛行場には50人を超える見物人が集まっていたというわけだ。
* * *
実は、3日ほど前にハルトヴィヒから手紙が届き、試験飛行でこちらへ来ると知らせてきたのである。
何月何日、と指定はされておらず、大体いつ頃、とだけであった。
これは、悪天候時には無理をして飛ばず、翌日以降とするためだろう、とアキラは解釈しており、それは当たっていた。
そして今日、である。
予告された4日間の2日目。
風は弱く、天気もいい。
前日は、風は弱かったのだが天気が今ひとつだったため、飛行を断念したと思われる。
「今日なら、きっと……」
というわけで、アキラたちは朝から飛行場に集まっているのであった。
* * *
「うーん、天気が悪いな」
王城から空を見上げ、ハルトヴィヒは呟いた。
今にも降り出しそうなほど、雲が低い。
練習ということで小雨の中を飛んだこともあるが、オープンの操縦席だとずぶ濡れになって寒いし、密閉された操縦席だと雨粒で前後左右が見えにくくなる。
「無理せず順延するか」
それが昨日のこと。
「今日は絶好の飛行日和だぞ」
「そうですね、先生」
「順延してよかったですね」
「ああ。これなら、3機で行けるぞ」
「はい!」
ハルトヴィヒとアンリは『ルシエル1』で。
シャルルとレイモンはそれぞれ『ヒンメル3』で飛ぶ。
複数で飛んだ場合、リスクも増えるが、単機の場合に比べ、不慮の事態に対処することができる。
メリット・デメリットを考え合わせ、最初期の4人……ハルトヴィヒ、アンリ、シャルル、レイモンがド・ラマーク領へ行くことになったのである。
さすがに、まだ愛妻リーゼロッテと愛娘ヘンリエッタを連れていくことはできなかった。
危険であるという以外にも、これは公式な『飛行機』の運用試験だからである。
そのリーゼロッテとヘンリエッタは、
「あなた、気を付けてね。アキラさんとミチアによろしく」
「ぱぱー、いってらっしゃーい」
と、飛行場でハルトヴィヒを見送っていた。
「ああ、行ってくる。明日、天候がよければ帰ってくるよ」
そう言い残し、ハルトヴィヒは『ルシエル1』に乗り込んだ。
『ルシエル1』の最終スペックはというと、
形式 :双発単葉機
全長 :7.0メートル
全幅(翼幅):10.0メートル
全高 :3.2メートル
空虚重量 :630キログラム
最大離陸重量:1700キログラム
エンジン :ハルト式8段回転盤エンジン 2基
最高速度 :時速325キロメートル
となっていた。
ド・ラマーク領までの距離は推定で150キロ。
馬車の場合は直線ではないので、道のりはもう少しあると思われる。
『ルシエル1』が最高速で飛べば、30分ほどで着いてしまうことができることになる。
が、随伴する『ヒンメル3』はそこまでの速度が出ない。
時速200キロちょっと(ピトー管が未装着なので概算)である。
それでも、無理せず飛んで1時間くらいで着けることになる。
日帰りも可能だが、せっかく王都とド・ラマーク領が飛行機の航路で結ばれるのだから、有益な情報交換をしてきたい、というわけだ。
王都飛行場、午前8時。
『ルシエル1』と『ヒンメル3』のプロペラが回り始めた。
「お気を付けて」
見送りの王国騎士団が一斉に敬礼をする中、滑走距離の長い『ルシエル1』がまず滑走を始めた。
それから20秒遅れでシャルルの乗った『ヒンメル3』が。
さらにその10秒後、レイモンの乗った『ヒンメル3』が滑走を始める。
そして『ルシエル1』、続いてシャルルの『ヒンメル3』、レイモンの『ヒンメル3』の順で離陸。
ゆっくりと高度を取っていく。
200メートルほど高度を取った3機は『ルシエル1』を先頭にしたV型編隊を組み、王都上空を3周。
その後、北へと進路を取った。
そして、数十秒後には見送る人たちの視界から消えてしまった。
* * *
ド・ラマーク領、午前9時。
南を見つめるアキラたちの目に、小さな点が映った。
それは次第に大きくなり、やがて飛行機であることがはっきりわかるまでになった。
「おお、来たぞ! 手紙にあったように3機だ!」
アキラが叫ぶと、ミチアも、
「見えました! 本当に空を飛ぶ乗り物ができたんですね……」
と、感無量といった表情で呟いた。
他の面々も、アキラとハルトヴィヒが夢見ていたその成果が、今目の前に飛んで来ていることをはっきりと理解する。
そして、飛行場の上を一度フライパスした3機は、まずレイモンの『ヒンメル3』、シャルルの『ヒンメル3』、そしてハルトヴィヒとアンリの『ルシエル1』の順で着陸。
アキラは、どの機体にハルトヴィヒが乗っているか見当は付いていたが、あえて搭乗者たちが降りてくるのを待っていた。
そして。
「アキラ、帰って来たよ」
と、最後の最後にハルトヴィヒが『ルシエル1』から降りてきた。
「おかえり、ハルト」
アキラは早足で『ルシエル1』まで歩み寄った。
「ただいま」
「約束を守ってくれたな」
「うん、なんとか、ここまで来られたよ」
「お疲れ」
そして親友同士は固い握手を交わしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月31日(土)10:00の予定です。
20240825(日)修正
(誤)
ハルトヴィヒとシャルルは『ルシエル1』で。
アンリとレイモンはそれぞれ『ヒンメル3』で飛ぶ。
(正)
ハルトヴィヒとアンリは『ルシエル1』で。
シャルルとレイモンはそれぞれ『ヒンメル3』で飛ぶ。




