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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第13章 雄飛篇
371/437

第二十一話 約束の時

 ド・ラマーク領、午前8時。

「もうそろそろかな」

「今日はお天気がいいですから、間違いなくいらっしゃるでしょう。でもまだ8時ですから……」


 秋も深まったある日のこと。

 王都から『飛行機』が飛んでくるというので、ド・ラマーク領では手のいたものは飛行場に集まっていた。

 『飛行機』については、アキラが模型飛行機を飛ばしているから、『空を飛ぶ乗り物』については知っていた。

 ただ、それが人を乗せて空を飛べる、ということには興味津々なのだ。


 アキラとしては箝口令かんこうれいを敷くほどではないと、特に口止めはしなかった。

 とはいえ、積極的に触れ回ることもしなかったのだが、どこからどう伝わったのか、飛行場には50人を超える見物人が集まっていたというわけだ。


*   *   *


 実は、3日ほど前にハルトヴィヒから手紙が届き、試験飛行でこちらへ来ると知らせてきたのである。

 何月何日、と指定はされておらず、大体いつ頃、とだけであった。

 これは、悪天候時には無理をして飛ばず、翌日以降とするためだろう、とアキラは解釈しており、それは当たっていた。


 そして今日、である。

 予告された4日間の2日目。

 風は弱く、天気もいい。

 前日は、風は弱かったのだが天気が今ひとつだったため、飛行を断念したと思われる。

「今日なら、きっと……」

 というわけで、アキラたちは朝から飛行場に集まっているのであった。


*   *   *


「うーん、天気が悪いな」

 王城から空を見上げ、ハルトヴィヒはつぶやいた。

 今にも降り出しそうなほど、雲が低い。

 練習ということで小雨の中を飛んだこともあるが、オープンの操縦席だとずぶ濡れになって寒いし、密閉された操縦席だと雨粒で前後左右が見えにくくなる。

「無理せず順延するか」


 それが昨日のこと。


「今日は絶好の飛行日和だぞ」

「そうですね、先生」

「順延してよかったですね」

「ああ。これなら、3機で行けるぞ」

「はい!」


 ハルトヴィヒとアンリは『ルシエル1』で。

 シャルルとレイモンはそれぞれ『ヒンメル3』で飛ぶ。

 複数で飛んだ場合、リスクも増えるが、単機の場合に比べ、不慮の事態に対処することができる。

 メリット・デメリットを考え合わせ、最初期の4人……ハルトヴィヒ、アンリ、シャルル、レイモンがド・ラマーク領へ行くことになったのである。


 さすがに、まだ愛妻リーゼロッテと愛娘ヘンリエッタを連れていくことはできなかった。

 危険であるという以外にも、これは公式な『飛行機』の運用試験だからである。


 そのリーゼロッテとヘンリエッタは、

「あなた、気を付けてね。アキラさんとミチアによろしく」

「ぱぱー、いってらっしゃーい」

 と、飛行場でハルトヴィヒを見送っていた。


「ああ、行ってくる。明日、天候がよければ帰ってくるよ」

 そう言い残し、ハルトヴィヒは『ルシエル1』に乗り込んだ。

 『ルシエル1』の最終スペックはというと、


 形式    :双発単葉機

 全長    :7.0メートル

 全幅(翼幅):10.0メートル

 全高    :3.2メートル

 空虚重量  :630キログラム

 最大離陸重量:1700キログラム

 エンジン  :ハルト式8段回転盤エンジン 2基

 最高速度  :時速325キロメートル


 となっていた。

 ド・ラマーク領までの距離は推定で150キロ。

 馬車の場合は直線ではないので、道のりはもう少しあると思われる。

 『ルシエル1』が最高速で飛べば、30分ほどで着いてしまうことができることになる。

 が、随伴する『ヒンメル3』はそこまでの速度が出ない。

 時速200キロちょっと(ピトー管が未装着なので概算)である。


 それでも、無理せず飛んで1時間くらいで着けることになる。

 日帰りも可能だが、せっかく王都とド・ラマーク領が飛行機の航路で結ばれるのだから、有益な情報交換をしてきたい、というわけ(建前)だ。


 王都飛行場、午前8時。

 『ルシエル1』と『ヒンメル3』のプロペラが回り始めた。

「お気を付けて」

 見送りの王国騎士団が一斉に敬礼をする中、滑走距離の長い『ルシエル1』がまず滑走を始めた。

 それから20秒遅れでシャルルの乗った『ヒンメル3』が。

 さらにその10秒後、レイモンの乗った『ヒンメル3』が滑走を始める。


 そして『ルシエル1』、続いてシャルルの『ヒンメル3』、レイモンの『ヒンメル3』の順で離陸。

 ゆっくりと高度を取っていく。


 200メートルほど高度を取った3機は『ルシエル1』を先頭にしたV型編隊(シェブロン)を組み、王都上空を3周。

 その後、北へと進路を取った。

 そして、数十秒後には見送る人たちの視界から消えてしまった。


*   *   *


 ド・ラマーク領、午前9時。

 南を見つめるアキラたちの目に、小さな点が映った。

 それは次第に大きくなり、やがて飛行機であることがはっきりわかるまでになった。


「おお、来たぞ! 手紙にあったように3機だ!」

 アキラが叫ぶと、ミチアも、

「見えました! 本当に空を飛ぶ乗り物ができたんですね……」

 と、感無量といった表情で呟いた。


 他の面々も、アキラとハルトヴィヒが夢見ていたその成果が、今目の前に飛んで来ていることをはっきりと理解する。


 そして、飛行場の上を一度フライパスした3機は、まずレイモンの『ヒンメル3』、シャルルの『ヒンメル3』、そしてハルトヴィヒとアンリの『ルシエル1』の順で着陸。

 アキラは、どの機体にハルトヴィヒが乗っているか見当は付いていたが、あえて搭乗者たちが降りてくるのを待っていた。

 そして。


「アキラ、帰って来たよ」

 と、最後の最後にハルトヴィヒが『ルシエル1』から降りてきた。

「おかえり、ハルト」

 アキラは早足で『ルシエル1』まで歩み寄った。


「ただいま」

「約束を守ってくれたな」

「うん、なんとか、ここまで来られたよ」

「お疲れ」


 そして親友同士は固い握手を交わしたのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月31日(土)10:00の予定です。


 20240825(日)修正

(誤)

 ハルトヴィヒとシャルルは『ルシエル1』で。

 アンリとレイモンはそれぞれ『ヒンメル3』で飛ぶ。

(正)

 ハルトヴィヒとアンリは『ルシエル1』で。

 シャルルとレイモンはそれぞれ『ヒンメル3』で飛ぶ。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ハルトヴィヒとシャルルは『ルシエル1』で。 >アンリとレイモンはそれぞれ『ヒンメル3』で飛ぶ。 実際はハルトヴィヒとアンリが『ルシエル1』、シャルルとレイモンがそれぞれ『ヒンメル3』に乗…
[一言] >>約束の時 とうとうクーデターを起こす時が…… >>ただ、それが人を乗せて空を飛べる、ということには興味津々なのだ。 領民が見たのは小さな模型飛行機なので大量の模型飛行機がロープで人…
[一言] 完成させた飛行機でド・ラマーク領に帰って来るとかめっちゃかっこいい凱旋じゃないですか!
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