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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第13章 雄飛篇
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第十六話 秋の訪れと十五夜

 吹く風に涼しさを感じるようになったド・ラマーク領。

 卵からかえった蚕たちは、もう2齢となり、桑の葉を食べる音も賑やかになりつつある。


「そろそろ、桑の葉の収穫も終わりだけど、ストックはどうかな?」

 夏の終わりには葉が固くなり、秋には茶色くなって枯れる。

 そうなるともう蚕の餌はなくなってしまい、育てることができない。

 今育てている『秋蚕あきご』の後にはまだ『晩秋蚕ばんしゅうご』が控えており、桑の葉のストックは夏が終わる前の重要な仕事であった。


「へい、十分な量を集めてありやす。ちゃんと保存庫に」

「うん、それならいい」

 ハルトヴィヒが開発してくれた保存庫(あるいは保冷庫とも呼ぶ)に桑の葉をストックしておくことで、最大で2ヵ月くらいの保存が可能なのだ。

 そして『晩秋蚕ばんしゅうご』は、桑の葉のストックと相談して育てる数を決めることになる。

 この『保冷庫』のおかげで、『晩秋蚕ばんしゅうご』の飼育がより確実になった。

 数が多すぎれば桑の葉が足りなくなって間引かねばならず、少ないと桑の葉が余り、余った分は廃棄することになる。

 そのあたりが熟練の職人の勘になる。

 ド・ラマーク領の職人たちは、もうベテランであった。


「この分なら、今年の繭も上出来だな」

 ほっとするアキラ。

 毎年毎年、天候不順にならなければいいがとか、大風が吹かなければいいがとか、病気がはやりませんようになどと願っている。

 『人事を尽くして天命を待つ』という言葉が、この世界に来てから嫌と言うほど身にしみているアキラなのだった。


「ちちうえー」

「お、どうした、タクミ?」

 蚕室(さんしつ)を見回っていたアキラの所に、タクミが駆け寄ってきた。

「あのね、リリアといっしょに、すすきをとってきたんだ」

「そうか、もうそんな季節か」


 明日の夜は満月。

 『絹屋敷』では、アキラが言い出して『お月見』を行っている。

 この行事は、本来は秋の豊作を感謝する収穫祭である。

 木工職人に作ってもらった八足はっそく(脚が八本ある儀式用の台)に、これも作ってもらった三方さんぼう(前と左右との三方に『刳形(くりかた)』と呼ばれる穴が空いている折敷おしき)を載せ、栗やクルミなど山の幸を盛る。

 そして花瓶にススキをけて飾るのだ。


「今年も例年より多くの収穫が望めそうだ」

 実った田んぼを、目を細めて見つめるアキラであった。


*   *   *


 王都には『お月見』の習慣はない。

 が、アキラとの付き合いが長いハルトヴィヒとリーゼロッテだけは、窓辺にススキを飾ってお月見をしようと準備をしていた。


「たまには、こうしたのんびりする夜もいいなあ」

「あなたは最近、忙しすぎるのよ」

「ぱぱ、いそがしい?」

「そうよ、アニー。パパは毎日忙しいの」


 リーゼロッテがそう言うと、2人の愛娘、ヘンリエッタがハルトヴィヒの膝の上ににじり寄っていく。

「ぱぱ、おつかれー」

 そして頭をなでなでしてくる。

 その仕草が可愛らしいので、ハルトヴィヒも思わず笑顔に。

「ぱぱ、わらったー」

「ああ、そうだな。アニーのおかげで疲れもどこかへ行ってしまうようだ」

「ぱぱー」

「アニー」

 ハルトヴィヒはヘンリエッタを抱きしめた。

 その横ではリーゼロッテが微笑んでいる。

 そして窓からは十四夜の月がのぞいていた。


*   *   *


 翌日、つまり十五夜の日。

 王都ではお月見の習慣はないため、特に変わらない日常が繰り広げられている。


「彼らもずいぶん上達したな」

「ですねえ、先生」

 『彼ら』というのは、訓練生から格上げになった第2期のパイロット候補生たちだ。

 そして、3人の『第3期訓練生』が凧式練習機で訓練に励んでいる。


「飛行機工場と自動車工場も建設が始まりましたし、順風満帆ですね」

「うん。このガーリア王国もさらに発展していくだろう」

 自動車と飛行機による、流通と交通、そして情報伝達の革命。

 それはガーリア王国をこの世界の覇者にすることも可能だ。

(でも、もしもそういうことになったら、僕は……)


「そういえば、聞きましたか、先生?」

「……え? 何をだい?」

「ゲルマンス帝国が正式に『飛行機』の技術について学びたい、と申し入れてきたそうですよ」

「それは初耳だな」


 今の皇帝は、先年代替わりしたというのは聞いていた。

 先帝は独裁者で、それこそ『帝国主義』の権化ごんげで、国民を抑圧していたのだったが、今上帝は評判がいいようだ。

 諸外国とも宥和ゆうわ政策を取り、貿易や人材の派遣に力を入れているという。


「もしその話が成立したら、ここに帝国の技術者が来ることになるのかな」

「それしかないでしょうね」

 今は飛行機の開発に専念したいのにな、とハルトヴィヒは思った。

 とはいえ、国家事業として飛行機開発をしている以上、国の方針には逆らえない。


(もしかすると、養蚕も教えろと言ってくるかもしれないな)

 そんな想像もするハルトヴィヒであった。


*   *   *


 ド・ラマーク領ではアキラ一家が総出でお月見を楽しんでいた。


「いい月だな」

「まんまるだね」

「きれー」

 その夜の空には一片の雲もなく、冴え冴えとした十五夜の月が懸かっていた。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は7月13日(土)10:00の予定です。


 20240706 修正

(誤)栗やクルミなど山の里を盛る。

(正)栗やクルミなど山の幸を盛る。

 里を盛ってどうするw orz

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― 新着の感想 ―
[一言]  それはガーリア王国をこの世界の覇者にすることも可能だ。 (でも、もしもそういうことになったら、僕は……)  僕は・・・仕事が終わらなくなる!そうなる前に国王に毒を盛らなければ!
[一言] 「今年も例年より多くの収穫が望めそうだ」 実った田んぼを、目を細めて見つめるアキラであった。 「ちちうえー」 「お、どうした、タクミ?」 「あれなに〜?」 それは白くて、くねくねと動いている…
[一言] 帝国が動くかあ 1国だけが技術的に突出する世界になるよりは良いとは思いますが現場の技術者は上の決定に従うのみですからねえ 上はどう判断するやら
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