第十五話 単葉機へ
ド・ラマーク領の夏にも、ようやく終りが見え始めた、そんな頃。
夏の月、15日はタクミの誕生日であった。
「誕生日、おめでとう、タクミ」
「タクミ、お誕生日おめでとう」
「父上、母上、ありがとうございます」
ちょっと畏まったタクミの言動も、アキラとミチアには微笑ましく映った。
「にー、おめー」
「ありがとう、エミー」
アキラからは新しい模型飛行機、ミチアからは夏の野外服。
エミーからは庭に咲いていた花一輪、がプレゼントだった。
そしてこの日の献立はなんと『御赤飯』。
まだバースデーケーキを作れるような余裕がないので、和風の献立である。
そして僅かではあったが『もち米』が収穫できるようになったこと、ササゲが収穫できたことが大きい(ササゲは春に種を播いて夏に収穫できる)。
ゴマに関しては、油を取る目的で王都周辺で作られていたのを、今年の王都行で見つけていたのだ。
ちなみに、アキラの流儀では、お赤飯にはアズキではなくササゲを使う。
理由は、ササゲのほうが皮が丈夫で、崩れにくいからである。
アズキは皮が軟らかく、すぐに崩れてしまうので失敗しやすいのだ。
蛇足ながら、関東ではササゲ、関西ではアズキが多く使われるようだ。
理由は、皮が破れた豆のことを『切腹した』と俗に呼ぶことから、武家社会だった江戸を中心にササゲを使った、という説がある。
同じように、ウナギを割く時にも、関東は背から、関西は腹から、と言われている。
「おいしい」
「おいし」
お米のご飯を食べる習慣もあるので、タクミもエミーも、お赤飯を気に入ったようだった。
お赤飯の他に、タクミの大好物である豚肉の生姜焼き(キャベツの千切り付き)と、はちみつレモンも添えられていた。
(こういう料理を出せるようになったのも経済的な発展のおかげだなあ)
ド・ラマーク領まで、定期的に行商人が来るようになったのは大きい。
香辛料や薬品、希少な素材などが手に入りやすくなったからだ。
(飛行機……輸送機や自動車が普及すれば、もっともっと地方が豊かになるんだがな)
楽しげなタクミとエミーを見つめながら、アキラとしては一歩一歩地道に積み上げていくしかない、と思ったのであった。
* * *
王都でも、まだまだ暑い日が続いている。
だが。
「空の上は涼しいぜー」
「おい、ちゃんと操縦しろよ?」
「大丈夫さあ」
『王立飛行隊』(先日発足)の面々は、空の上で涼を取っている。
上空500メートルで風に吹かれれば、かなり涼しいのだ。
『ヒンメル2』5機と『ヒンメル3』2機が完成し、飛行訓練に日夜励んでいる。
特に『ヒンメル3』は、本来の複座での飛行訓練が行われていた。
* * *
一方、ハルトヴィヒが率いる『開発チーム』。
「次は単葉機にしたいものだな……」
ハルトヴィヒはそう思っている。
スタニスラスによる『素材の強化』が思った以上に優秀なため、単葉機が作れそうなのだ。
そして、ルイ・オットーによる自動車開発も順調。
その過程でエンジンの工作精度もどんどん上がり、性能もそれに応じて向上。
今では、『ヒンメル1』のハルト式6段回転盤エンジンの出力が2倍にまで向上していた。
「これなら、輸送機もできるかもしれない……ああ、どっちを優先すべきか……」
悩むハルトヴィヒ。
そして、アキラからもらった『携通』に載っていた飛行機関連の資料をぱらぱらとめくってみる。
そして、目に止まった1枚のイラスト(写真は印刷できないので模写したもの)。
「双発機か……!」
次の開発目標が決まったようである。
* * *
「双発機ですか!」
「そうさ。機体の強度が確保できることもわかったし、エンジン出力も信頼性も向上したからね」
「で、いきなり単葉機で、ですか?」
「風洞実験も行うし、これまでの実績を考えれば可能だと思う」
単葉機と複葉機では『飛行機』という点において、操縦方法に大きな差異はない。
今後、大型機を作るにあたり、双発機のノウハウを蓄積するのも重要であった。
そういうわけで、ハルトヴィヒたちは『ヒンメル4』ならぬ『ルシエル1』……今度はガーリア王国語で『空』の意……の開発を始めた。
「最初は大型にせず、小型のエンジン2機を使った双発機としよう」
ハルトヴィヒが提案した。
機体としては2人乗りもしくは3人乗りとする。
大きさは、単葉機なので『ヒンメル3』よりもやや大きくなるだろう。
「強度は問題ないはずだ。だから翼面荷重はもっと増やせる」
これにより、離陸速度はより速くする必要があるが、巡航速度も上がるため、より風には強くなるはずだ。
最初の設計段階では、以下の通り。
全長 :7メートル
全幅(翼幅):10メートル
全高 :3メートル
空虚重量 :600キログラム
最大離陸重量:1600キログラム
エンジン :ハルト式8段回転盤エンジン 2基
目標速度 :時速300キロ以上
構造材に、一部『鋼管パイプ』を使うことも考えられている。
これは、『自動車』の量産を通じて、鋼管パイプの製造技術が進歩したからだ。
使用箇所は主翼の前縁部と主桁に、である。
これにより、『強化』の魔法の効果が高まり、主翼強度は十分確保できるようになった。
双発機なので垂直尾翼は水平尾翼の両端に近い部分に設けた。
全体の印象は『九六式陸上攻撃機』の小型版である。
つまり主脚は固定式となる。
形状で最も異なるのは操縦席の位置で、『九六式陸上攻撃機』は機首部にあったが、こちらはもう少し後方、主翼の上あたりである。
これは、操縦性を考えて重心位置の近くに操縦席を配置しようと考えられたからである。
「あとは、模型による実験や風洞試験を繰り返して、細部の形状を決めよう」
「はい」
「年内に飛ばせるといいな」
「頑張りましょう」
飛行機開発は順調である……。
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次回更新は7月6日(土)10:00の予定です。




