第二十六話 真冬の過ごし方
年が明け、ド・ラマーク領の積雪は増える一方である。
アキラも、『絹屋敷』の周囲の雪かきに連日追われている。
『絹屋敷』自体は、降雪に備えた造り、つまり屋根の傾斜が急で、雪が積もりにくくなっているので屋根の雪下ろしは必要がない。
「だいぶ身体が慣れたなあ……」
雪が降り始めた頃は雪かき後の筋肉痛に悩まされたアキラであったが、今ではただ疲れるだけ。
それも一晩眠れば治ってしまう程度になっていた。
それでも、一日おきの除雪作業は重労働である。
「まあ、半月くらいの辛抱だからな……それが救いか」
一番雪が降る季節を乗り越えてしまえば、あとは春を待つ季節となる。
雪が降る日が減り、晴天が続くようになる。
その分放射冷却によって朝晩の冷え込みが厳しくなり、昼間融けかけた雪が凍って氷になってしまうのだ。
こうなると、少々の日差しでは融けなくなる。
雪が粒状の時は表面積が多いため温度の影響を受けやすく、気温が上がると融けやすかったのだ。
それが凍ってひと塊になると表面積がぐっと減り、なかなか融けなくなるのである……。
そんな場所に不用意に乗っかると滑って尻餅をつくこともあるので要注意だ。
アキラたちは『ナーゲルもどき』つまり靴底に『鋲』を打った靴を履いて対処している。
ゴム長靴の場合は、靴底にさらに鋲を打った靴を履かせる滑り止めが今年から使われており、それなりに好評を博していた。
「アイゼンとかクランポン、っていうんだっけ」
昔の日本では『金かんじき』とも呼ばれた、主に雪山登山時に靴に取り付ける、いわば『鉄の爪』。
それをアキラは実用化して領内に普及させたいとも思っていた。
「まあ焦らずゆっくり行こう」
そう呟きながら、アキラは庭の雪の山を見上げた。
「そろそろ作れそうだな」
* * *
除雪作業も一段落ついたので、アキラは雪の山に向かっていった。
高さは3メートルほどにもなっている。
連日の寒気でかなり固くなった雪の山に、アキラはスコップで階段を刻んでいく。
上に着いたら、今度は斜面を均していく。
樋状に凹ませ、なだらかなカーブを描いて下まで。
そう、アキラはそり遊び用のコースを作っているのである。
樋状のコースを2本、それ以外の斜面はなだらかなスロープに。
「まあ、こんなものか」
滑り降りた先には何もない平らな雪面。勢いがついて滑り降りてきてもぶつかるものはない。
コースは短いので速度はそれほど出ない。
春が来るまでの遊具であった。
「わあ、すごい! おとーさん、ありがと!」
タクミは大喜びで遊び始めた。
「にーちゃ、いいな」
「よし、お父さんと遊ぶか」
アキラは羨ましそうに見ているエミーを抱えて滑り降りる。
「わあ! たーのしー!」
冬の今だからできる遊戯であった。
* * *
一方、王都にはほとんど雪は降らない。
そう、『ほとんど』。
「珍しく雪景色だな……」
「ほんとね。『絹屋敷』を思い出すわね」
「ゆき……」
ハルトヴィヒとリーゼロッテの愛娘、ヘンリエッタも一緒になって、久しぶりの雪景色を眺めていた。
ヘンリエッタは、アキラの息子タクミの少し後に生まれたわけだから同い年ということになる。
「懐かしいかい、アニー?」
「うん……」
「今年の秋か来年の春にはタクミに会えるよ」
「ほんと?」
「ああ。そのために今、お父さんは頑張っているんだ」
「うん。おとうさん、がんばれ」
「はは、ありがとう」
ハルトヴィヒに頭を撫でられ、嬉しそうに目を細めるヘンリエッタであった。
* * *
家ではよき父親でありよき夫であるハルトヴィヒであるが、職場では……。
「『自動車』を試作する許可が下りたよ」
「先生、ありがとうございます!」
「それじゃあ、仕様を詰めて、詳細な設計図を作成しよう」
許可をもらうために提出したのは簡易的な設計図であったから、そのままでは部品図を起こせないのだ。
「フレームのここは、こっちの部品と干渉しないように少し細くしたらどうでしょう?」
「いや、そうするとそこの強度が落ちてしまう。一番強度の低い部分が全体の強度を決めてしまうから、こっちの部品の形状を変更したほうがいいな」
「ですが、そうすると、接続するこっちの寸法も変わってしまいますよ?」
「それは仕方がないな。というか、いいじゃないか。よりよい品質、性能の試作を作るためだ。存分に検討をしよう」
「は、はい!」
……よき師匠でもあった。
そして、ハルトヴィヒの予備知識と『携通の写し』のおかげもあって、4日後には設計図が完成した。
* * *
その間に、『練習用グライダー2号機』もほぼ完成。
視察に来たハルトヴィヒも満足していた。
「うん、前の機体の欠点だった強風への対策もきっちり取られているね」
「はい!」
「模型と風洞で何度も実験しましたから」
何をしたかというと、主翼にスリットを設け、風圧によってその開口度を可変するような構造にしたのである。
これは『携通』にも載っていなかったので、シャルル、アンリ、レイモンらのオリジナルである。
とはいえ、現代の地球では『スポイラー』と呼ばれる機構が採用されており、原理的にはごくごく近いと言えようか。
構成は簡単。主翼の一部にスリット(細い窓状の開口部)を設け、そこにばねで蓋を止めたのだ。
位置は前縁から翼弦(=前縁から後縁までの長さ)の3分の1くらい、翼長(左右の翼の幅)では中心から左右へこれも翼長の3分の1くらい)の位置だ。
一定以上の風圧が掛かると、スリットが開き、主翼の下面から上面へ空気が抜ける。
これにより揚力の急激な上昇による姿勢の不安定さを抑えることができるわけだ。
ところでシャルル、アンリ、レイモンらは、風速による揚力の変化を抑えることを主目的にしたが、同時に、主翼上面における空気の剥離を抑えることもでき、結果的に一石二鳥となった。
「もう少し春めいてきたらまた空を目指すぞ」
「はい!」
真冬の真っ只中では強すぎる季節風が、少し収まってきた頃に試験飛行を、と考えるハルトヴィヒたちであった。
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次回更新は3月16日(土)10:00の予定です。
20240309 修正
(誤)雪が振り始めた頃は雪かき後の筋肉痛に悩まされたアキラであったが、
(正)雪が降り始めた頃は雪かき後の筋肉痛に悩まされたアキラであったが、
(誤)リーゼロッテは、アキラの息子タクミの少し後に生まれたわけだから同い年ということになる。
(正)ヘンリエッタは、アキラの息子タクミの少し後に生まれたわけだから同い年ということになる。
(誤)ハルトヴィヒがに頭を撫でられ、嬉しそうに目を細めるヘンリエッタであった。
(正)ハルトヴィヒに頭を撫でられ、嬉しそうに目を細めるヘンリエッタであった。
20240310 修正
(誤)「は、はい!
(正)「は、はい!」




