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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第12章 飛翔篇
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第二十一話 冬が来る前に

「くれぐれも、拾い尽くすなよ」

「はい、旦那さま」


 アキラは、手の空いた領民に指示を出し、クルミの実を集めさせていた。

 そう、クルミ油を採るためである。

 取り尽くすと野生動物に影響があるかもしれないので、無理に総ざらいしなくていいと念を押す。

 冬を前にして、食料のなくなった野生動物が里に降りてくると厄介だからだ。

 ついでにクリやキノコを見つけたら採ってきてもいいと言ってある。

 なので、十数名の領民が、朝から背負いかごを担いで山に入っていた。


「なかなかいい感じになりますね」

 ミチアは、先日集めてきたクルミの実の油を木製の皿やお盆に擦り込んで様子見をしている。

 やり方は簡単。

 麻や綿の布(日本手拭のような風合いのものがよい)に殻から出したクルミの実を入れ、包み込む。

 紐などで縛ってタンポ状にする。

 それを木槌で叩いて中のクルミを破砕すると、油が滲み出てくるのでタンポごと擦り付ければよい。


 もしも可能なら、油を滲み込ませた面を、軽くサンドペーパーで(日本でいう240番から600番くらい)磨き、出た木粉を木目に埋め込むようにしてから乾かす(乾性油が乾くにはまる1日以上)と、表面がより平滑になる。

 ……というようなことが『携通』に保存されていたので、実践してみたのである。

「ただの木のお盆がいい艶になりました」

「本当だな。これは、いい付加価値が付いたといえるなあ」

 アキラも頷いた。

 日用品、ほんの普段遣いの木工製品がワンランク上の品質になる。

 これは、これから冬を迎えるド・ラマーク領にとって、収入を増やす福音となりそうである。

 なにしろ、『サンドペーパー』……紙に『金剛砂(ガーネット)』を貼り付けたもの……もまた、ド・ラマーク領で作っているのだから。


 そして、クルミの殻は燃料になる。

 微々たる量だが、天然資源を無駄にしない精神で、アキラは暖炉にくべていた。


「クルミじゃなくどんぐりはどうなんでしょうね?」

 どんぐり(団栗)は、クリ以外の、ナラやクヌギ、カシなどの実の総称である。

 クリに似て丸いからこの名があるらしい。

 一般に、サポニンやタンニンといった成分を含むため渋く、『アク抜き』をしないと食べられないため、食用には向かない。


「どんぐりからも採れるらしいけど、クルミに比べて取れる量が少ないらしいからな」

 さすがに手間が掛りすぎる、とアキラは苦笑したのである。


*   *   *


「このクルミでクルミバターを作ってみよう」

「いいですね」

 オイルフィニッシュ以外の用途はないかと『携通』を調べていたら『クルミバター』というレシピにたどり着いたのである。


 必要なのはクルミ、ハチミツ、塩のみ。

 まず、クルミの実をる。

 その後、すり鉢で細かくなるまですり潰す。……これが結構大変である。

 そこにハチミツと、塩ほんの僅かを入れ、ペースト状になるまで混ぜれば出来上がりだ。

 特別な技術や道具は必要ない。

 ただ手間が掛かるだけだ。

 なお、ピーナツバターもだいたい同じ手順で作ることができる。


 アキラ一家は焼いたトーストにクルミバターを塗って食べてみた。

「おいしい!」

「おいしいわね。これ、タクミが拾ってきたクルミも入ってるのよ」

「へえ! やったあ!」

「にーちゃ、おいし」

 タクミもエミーも、気に入ったようである。


「これも、特産品にできるかもな」

「そうですね」

 ド・ラマーク領の収入源が、また1つ増えそうである。


*   *   *


 さて、王都のハルトヴィヒ。

 コントロールラインによる模型飛行機の操縦に、関係者全員が習熟した。

「飛行機を飛ばすというのは楽しいですね」

「早く実機を飛ばしてみたいですよ」

「まあ、焦るな」


 アキラから聞いた『地球における航空機の歴史』で、何がネックだったか、ハルトヴィヒは彼なりに理解している。

 その1つが『工作精度』だ。

 それは、最重要部品であるエンジンの性能に繋がる。

 航空機のエンジン不調はあってはならないものである。

 ゆえに、製作担当者たちのスキルアップは欠かせない。


 同時に、出力も重要だ。

 第一次大戦時のエンジン出力が100馬力強、それが第二次大戦時には2000馬力級になっている。

 こちらはハルトヴィヒ自身が、日夜努力をしている。


 それから『材質』も無視できない。

 木製から金属製へ。

 鋼管からジュラルミン、そして超ジュラルミン、超々ジュラルミンへ。

 現代ではチタン合金が主流となっており、さらに優れた素材も開発されている。


 閑話休題。

 そうした不具合を潰し、技術力を高めるため、ハルトヴィヒは『模型飛行機』を活用したのである。

 おかげで、エンジンの性能は2倍近くまで向上している。

 飛ばしては調整し、調整した結果をフィードバックして改良、また飛ばしてみる……を繰り返した結果である。

 小型な模型であるからこそ可能なサイクルで、実機であれば、改良のサイクルはこの半分どころか4分の1くらいの回数にとどまったであろう。

 この点はハルトヴィヒの英断と言えた。


*   *   *


 そして、模型でつちかったノウハウをすべて注ぎ込み、作られつつある『模型としての最終型』。

「完成は冬の初め頃かな」

「そうですね」

「今年中に実機で飛んでいく……のは無理かな」

 少し残念そうなハルトヴィヒ。


「あとは……実機操縦の練習だな」

 地球の歴史よりも完成度の高い飛行機が用意できそうではあるが、操縦者の練度はそうはいかない。

 かのライト兄弟も、グライダーで練習したという。

 コントロールライン機での練習と、実際に乗っての操縦では勝手が違うのは火を見るより明らか。


「やはり、グライダーか……」

 次のステップに進もうと考え込むハルトヴィヒであった……。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は2月10日(土)10:00の予定です。


 20240203 修正

(誤)ミチアは、先日集めてきたクルミの実を木製の皿やお盆に擦り込んで様子見をしている。

(正)ミチアは、先日集めてきたクルミの実の油を木製の皿やお盆に擦り込んで様子見をしている。

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― 新着の感想 ―
[一言] >そして、模型で培つちかったノウハウをすべて注ぎ込み、作られつつある『模型としての最終型』。 そう、『1/1コントロールライン模型飛行機』!
[一言] >「くれぐれも、拾い尽くすなよ」 >アキラは、手の空いた領民に指示を出し、クルミの実を集めさせていた。 >そう、クルミ油を採るためである。 >取り尽くすと野生動物に影響があるかもしれないので…
[一言] >>冬を前にして、食料のなくなった野生動物が里に降りてくると厄介だからだ。 異世界特有のヤヴァイ野生動物とか居ますからなぇ >>なので、 十数万名の領民が、朝から背負いかごを担いで山に…
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