第十九話 危険回避
ド・ラマーク領では『晩秋蚕』が育ち始めた。
周りの木々も夏の勢いをなくし、気の早い葉は色づき始めている。
「もう遠慮はいらないから、緑の桑の葉は全部収穫してくれ」
「へい、領主様」
放っておいても黄色く黄葉し、枯れて落ちるだけの葉なので、収穫しても桑の木には悪影響が少ないのである。
蚕の食用としてはかなり硬いが、4齢5齢に育った蚕なら食べてくれる。
「今年の養蚕も、この『晩秋蚕』で終わりだな」
季節の移ろいを感じるひとときである。
「あとひと月もすれば一面の紅葉になるな」
そしてあとは散るばかり、冬の到来となる。
それまでの僅かな時間を、精一杯有効に使おうとアキラはあらためて思ったのである。
* * *
「おお、壮観だな」
田んぼはほとんど全部が刈り取られ、稲架に掛けられている。
のどかな農村風景であった。
水を抜いた田んぼを見れば、刈り取られた稲の株から、また新しい芽が伸び始めていた。
「『稲孫』っていうんだっけ」
稲刈りをした後の株に再生した稲のことで、学術的には『再生イネ』という。
1年中稲の生育に適した気温であれば、これが伸びて結実もするようだが、冬のある現代日本では利用されることなく、寒さに当たって枯れてしまう。
ここド・ラマーク領でも同じだ。
熱帯性の植物である稲は、霜が降りれば枯れてしまう。
というか、最近の朝夕は冷え込むので、既に少し枯れてきている株がある。
* * *
一部緑色を保っているのは『冬小麦』が植えられている畑だ。
寒さの厳しいド・ラマーク領では主に『春小麦』が作られているのだが、こうして試験的に『冬小麦』も作り始めていた。
とはいえ、基本的に冬は農閑期である。
そのための収入源として、アキラは、木工芸やわら工芸、い草工芸などを奨励しているのである。
「あとは温泉を掘り当てられればいいんだがな」
あまり遠くから引いてくるのは難しいが、多少の距離からなら許容範囲と、山奥で湯元を探しているのだがまだ見つかってはいなかった。
今年の秋は平年並みに推移しそうなので、その点は安心である。
「気候の大きな変動は勘弁してほしいからな……」
元いた世界での『猛暑』や『暖冬』が農業にどう悪影響を与えるか知っているだけに、穏やかな気候を望むアキラなのである。
「あとはクルミやクリ拾い……タクミたちを連れて行くか」
家族サービスも忘れないアキラであった。
* * *
さて、王都である。
郊外の飛行場では、『コントロールライン式模型飛行機』の実験飛行を見に来る者たちが日に日に増えており、今では200人ほどになっていた。
「事故だけは気を付けてくれよ」
ハルトヴィヒは再三そう繰り返し、皆を戒めている。
そんなある日。
『試作2号機』が完成し、初飛行となった。
全長1メートル、全幅1メートルの複葉機である。
全備重量は1.6キログラムとなり、試作1号機より増えているが、翼面積を増やしたため、翼面荷重は平方デシメートルあたり40グラムをわずかに切るほどとなっていた。
これはかなり小さい数値だ。
また、複葉にしたため幅が抑えられているし、エンジン出力も1.5倍に増えている。
加えて新機構として、第3のラインを使い、エンジン出力をコントロールできるようになっていた。
「これがうまくいったら、実機の3分の1サイズで作ることにしよう」
そして、まずはハルトヴィヒが操縦することになった。
3本ワイヤーなので『Eコン』と名付けた『コントロールライン式模型飛行機2号機』。
そのエンジンが始動した。
「まずはフルパワーで離陸だ」
トリガー状のスロットルレバーを人差し指で引けばエンジン出力が上がる。
2号機はするすると滑走を始めた。
「このままハンドルは固定、腕は水平に……」
その状態だと、わずかに上げ舵となっているので、滑走速度を上げた2号機は滑らかに離陸した。
「よし、スロットルを少し戻して水平飛行だ」
ハルトヴィヒはわずかにスロットルレバーを戻した。フルパワーの70パーセントくらいである。
それでも、翼面荷重の小さい複葉機である2号機は、若干高度を下げたものの、すぐに安定した水平飛行を行う。
そのまま5周ほど、機体の挙動を見るが、十分に安定しているとハルトヴィヒは判断した。
「いいぞいいぞ。よし、出力を上げて上昇だ」
スロットルレバーを引くとともにハンドルも上げ、『上げ舵』にすることで、2号機は急上昇を行った。
「機体の反応はいいな」
その次はフルスロットルで上げ舵を継続。『宙返り』である。
「1号機よりも楽にできるなあ」
周囲のギャラリーからも歓声が上がる。
その時である。
「!!」
「先生!!」
「危ない!」
ギャラリーの中にいた、8歳くらいの子供が飛び出し、『Eコン』のフライトエリア……ワイヤーの範囲に入り込んでしまったのである。
このままでは、子供にワイヤーが巻き付き、事故を起こす……と思われた。
が。
「おお!」
「すごい!」
ハルトヴィヒはワイヤーが子供に巻き付く前に機体を『宙返り』させ、距離を取った。
そして子供の反対側で連続宙返り。
その間にシャルルが子供をフライトエリアから大急ぎで連れ出し、事なきを得たのであった。
* * *
「今日は危なかったですね」
「うん……何か対策をしたほうがいいな」
「フライトエリアを囲むようにポールを立てましょう」
「そしてロープを張れば、とりあえずの安全は確保できます」
「それがよさそうだな」
そんな話し合いがなされた。
そして。
「超大型機……3号機の設計に取り掛かろう」
「いよいよですね!」
そういうことになったのである。
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次回更新は1月27日(土)10:00の予定です。




