第十五話 夏の終わり
北の地、ド・ラマーク領では、朝夕の風が涼しくなってきた。
「もう窓を開けて寝ると、明け方は少し寒いくらいだな」
「もう夏も終わりですね」
「今年の夏は平年並み、養蚕や作物にはいい夏だったな」
適度に雨が降り、適度に晴れが続き、適度な陽気が訪れる……のが、第一次産業に携わる者たちにとってありがたいのだ。
極端に気温が上がったり、集中豪雨があったり、逆にカラカラ天気が続いたり……はありがたくない。
その点、今年は平年並みなので、非常に農作業はやりやすかった。
お陰で作柄は全て『良』。
昨年の2割から3割増しという品目も少なくない。
『繭』は今のところ4割増し(増産中)、稲は5割増し、小麦は2割増し、わさびは3割増し……といった手応えだ。
「領民の暮らしもまた少し楽になるだろう」
「ええ、きっと」
平均よりやや低い税率と、年々向上する生産量、それによる外貨の獲得。
今のド・ラマーク領は間違いなく発展期であった。
* * *
王都では、ルイ・オットーという名の技術者が、ハルトヴィヒに面会を申し込んでいた。
技術的な助言には耳を傾けることにしているハルトヴィヒは、申し込まれた日の午後、彼の研究室でルイ・オットーと面談していた。
ルイ・オットーはシャルル、アンリ、レイモンの同期であるが年齢はぐっと若く23歳。
茶色の目、茶色の髪、中肉中背。平凡な容姿の若手の技術者だ。
だがその中身は非凡であった。
「なるほど、僕のエンジンを使って、馬車を動かせないか、というんだね」
「はい、そうです」
「面白い。いい発想だ」
ハルトヴィヒは、アキラの『携通』で見た『自動車』を思い出した。
当時はエンジンの開発ができそうもなかったのでアキラから概略を聞いただけだったが、今は事情が違う。
『エンジン』は完成しているのだ。飛行機用であるが。
とはいえ、自動車に転用することも可能である。
問題は『予算』であろう。
開発にはお金が必要である。
王都に来たハルトヴィヒは、それを実感していた。
ルイ・オットーは一介の技術者、『自動車』の開発費を捻出することなどできない。
(自動車が有益なのはわかっているんだが……)
ガーリア王国にこれ以上の開発費を出させるというのも問題がある。予算は有限だからだ。
二兎を追う者は一兎をも得ず、あるいは虻蜂取らず、というアキラから聞いた言葉をハルトヴィヒは思い出していた。
自動車の予算を捻出したら、おそらく航空機の予算がその分削られる。
だが、『自動車』が有益な技術であることに疑いの余地はない。
「僕としては、君の発想を支持し、その開発を行ってほしいと思う。だが、それには幾つもの問題が立ちはだかっている」
「わかります予算、人員、時間などですね」
「そのとおりだ」
ルイ・オットーはそうした理解力もあった。
ここでハルトヴィヒは、1つの賭けに出た、
「そこで君に提案がある」
「伺います」
「君も知ってのとおり、僕の友人であり上司は『異邦人』だ」
「はい」
「君が言う発明は『自動車』といい、『異邦人』の世界では実用化されて久しい」
「やはり」
「あまり驚かないようだね?」
「それは、まあ。……空を飛ぶ『飛行機』が『異邦人』の技術だというなら、『自動車』でしたか? そういう技術を持っていてもおかしくない……いえ、持っていないほうがおかしいでしょう」
「そこまでわかっているんだね」
ハルトヴィヒはほっとした。
ルイ・オットーは自分と同じく、『この世界に恩恵をもたらす技術を高める』ことに喜びを見出す技術者だ、と。
名誉や称賛を期待して『自動車』を作ろうとするのではない。
あくまでも『便利だから』『人々の役に立つから』『自分の手でそれを作るのが好きだから』。
作りたいから、作る。
たとえそれが異世界の技術の後追いであっても。
「わかった」
「ハルトヴィヒ先生?」
「僕も『自動車』には関心がある。ただ、一番が飛行機だというだけだ」
「わかります」
「そこで君に提案だ。……僕の助手にならないか?」
「助手にですか?」
「そうだ。当面、僕の仕事、つまり飛行機づくりを手伝ってほしい。その見返りとして『異邦人』の資料を見せてあげようじゃないか」
「本当ですか!」
「本当だとも。そして、助手をしてもらえると、もう1つメリットがある」
ハルトヴィヒは、飛行機開発が順調に行けば予算が余る。その余った予算を『自動車開発』に回せるよう働きかけよう、と言ったのだ。
「それだけじゃないぞ、飛行機と自動車で、共通の部品だって作れるだろう」
実際に、太平洋戦争後、日本の航空業界は低迷を余儀なくされたが、そんな中、航空機用のタイヤを利用したスクーターや軽自動車があったり、航空機用のジュラルミンを使ったバスのフレーム作り、などが行われたらしい。
つまり、航空機の製造技術は自動車に転用可能という実例がここにある。
「タイヤを例に取れば、最初は飛行機用のタイヤを使って、実用性が証明されたら改めて専用タイヤを開発すればいい。エンジンも同じだ」
「……わかります」
「『異邦人』の国のことわざに『急がば回れ』というものがあるそうだ。回り道のようでも、効率のよい方法を選ぶことで、結局は早く目的を達成することができる、という意味だろう」
「なるほど、『急がば回れ』。確かにそうかもしれません。……先生、協力させて下さい。そして、自動車の開発にご協力下さい」
「よし、わかった」
ハルトヴィヒとルイ、2人の技術者は固い握手を交わしたのであった。
* * *
それから5日後。
「なるほど、『自動車』を並行で開発しようというのか」
ド・ラマーク領のアキラのもとに、ハルトヴィヒからの手紙が届く。
そこには、飛行機と併せて自動車の開発も行いたいので、『携通』にある資料を送ってほしい、と書かれていた。
「あくまでも優先は飛行機。でも自動車にも使えるように、技術に拡張性をもたせて開発したい、というわけか」
自動車ができれば、王都とド・ラマーク領の行き来ももう少し楽になるだろう、とアキラは考えた。
速さでいえば飛行機に軍配が上がるが、輸送量でいえば自動車の勝ちだ。
物流のためにも、自動車があって悪いことはない。
早速アキラは『自動車』に関するページを書き写して送ることにしたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月23日(土)10:00の予定です。




