第十四話 夏が行く
ド・ラマーク領も相変わらず暑い日が続いているが、朝夕は草むらに露が降りるようになり、少し涼しさを感じるようになってきた。
『蚕室』の清掃・消毒も終わり、『秋蚕』を育てる準備が進められている。
「この分なら、今年も生産量は前年比の2割増しはいくだろうな」
「3割増しも期待できると思います」
「だといいな」
財政が潤うのはいいことである。
ここ2、3年で、ド・ラマーク領の税率は四公六民にまで下がっていた。
ガーリア王国内の平均的な税率が五公五民なので、四公六民はかなり低い税率であるといえる。
よって、領民の生活水準は年々向上してきていた。
ちなみに日本の国民負担率は、令和2年度の実績数値で47.9パーセント。ほぼ五公五民である。
もちろん、諸物価の違いや、人件費の扱いの差、公共事業や社会福祉の普及率を考えると一概に同じレベルとは言えないが……。
それはそれとして、ド・ラマーク領の税収はほとんどが公共事業である『養蚕』と、領内の整備……道路や下水などのインフラ整備、河川や池沼の治水、非常用食料の備蓄などに使われている。
その他にも産業の研究費や奨励金も税収から出されており、領主であるアキラの懐にはいくらも入っては来なかったりする。
なので『絹屋敷』の補修は遅々として進まない。
「それでも隙間風は入らないし、雨漏りもしなくなったからよしとしないとな」
「そうですわね、あなた」
ミチアもまた、この状況に不満を持ってはいなかった。
親子4人、不自由なく普通の生活ができれば十分なのである。
* * *
飛行場建設も順調である。
一部の小麦農家が農閑期に入ったので人手が増え、一気に建設が進んだのだ。
現場監督である土木技術者ティーグル・オトゥールはこの成果に満足であった。
「土地柄、雪解けの季節には舗装の補修が必要になるだろうけどな……」
砂利と砂利、石と石の隙間に水が入り込み、凍ることでその体積が増えて隙間を広げていくのだ。
「補修する技術者の養成も必要だな……いや、私がこっちに移住すれば必要ないかな?」
ティーグル・オトゥールはこの数ヵ月でド・ラマーク領の生活がすっかり気に入ってしまったようである。
ド・ラマーク領の夏はゆっくりと過ぎていく……。
* * *
さて、王都も夏の一番暑い盛りということで、『夏休み』が奨励されている。
期間は1週間から2週間。
ハルトヴィヒとリーゼロッテ、ヘンリエッタら親子3人は、避暑ということでプロヴァンスの東にある高原に来ていた。
方向としては王都の北東、標高1500メートルほどの高原だ。
日中は摂氏30度近くまで気温が上がるものの、湿度が低いのでかなり楽である。
また、朝晩はかなり涼しく(最低気温は摂氏16度ほど)なる。
ここには国営の保養所も建っており、連日の激務をこなしていたハルトヴィヒは半ば公費でここに来ていたりする。
「涼しくていいわね」
「まったくだ。……パスカル宰相には感謝しないとね」
「ふふ、本当ね。あなたの健康をちゃんと考えてくれていて、ありがたいわ」
「ぱぱ、ままー」
ヘンリエッタも過ごしやすい環境に来て大喜びしている。
「普段構ってやれない分、うんと遊んでやろう」
「そうしてあげてちょうだい」
ハルトヴィヒ一家はこうして英気を養っているのであった。
* * *
飛行機関係者は交代で休暇を取ることになっている。
そしてシャルル、アンリ、レイモンの3人はまだ王都で仕事をしていた。
飛行機用の素材選定が一段落ついたら休暇を取る予定なのだ。
「やっぱり、この『タモ』はなかなか優秀だよ」
「そうだな。ウォールナットもいいぞ。タモよりは強度が落ちるが、より軽い」
「カエデは……硬いけど、やや脆いかな?」
「プロペラはカエデでもいいんじゃないか?」
「それは確かにそうだな」
実際、地球における木製飛行機の素材は、タモ、トネリコ、ウォールナット(クルミ)、マホガニー、スプルース(トウヒ)などである。
加えて、世界一軽い木材であるバルサをカバノキの薄板でサンドイッチした素材も考案された。
また、木材の長所であり短所でもある『木目による方向性』を改善するため、薄い板を木目を直交させて何枚も張り合わせた素材も存在する。
これらはエポキシ樹脂などの優秀な接着剤があってこそ、であるが……。
シャルル、アンリ、レイモンらは、単体でも優秀な木材を選定し、準備を進めていくのであった。
* * *
王都郊外の『飛行場』はほぼ完成した。
土木技術者ヨシュア・トキカは、自らの足で飛行場を一周し、満足そうに微笑んだ。
「あとは雨を待つことだな」
彼の経験上、『マカダム舗装』は雨が降った直後に表面を叩いて締めることを数回繰り返すと、晴れて乾いた後、より強固になるのだ。
それをもって『飛行場の完成』としたい、とヨシュア・トキカは考えていた。
その後は生えてくる草を駆除する、といった保守作業が必要になるが、それはもう『工事』ではない。
「この飛行場から飛行機が飛び立つ日はいつになるのかな」
その日が待ち遠しいヨシュアであった。
* * *
「飛んだぞ!」
「次は俺が優勝してやる!」
そして飛行機事業関係者たちの飛行機熱はヒートアップし、模型製作にはじまり、航空力学や機体製作技術を磨くことに余念がない。
「秋になったらいよいよ実機製作なんだろう?」
「そう聞いているよ」
「楽しみだな」
「ああ、人が空を飛ぶ、夢のようだが、もうそれはすぐ手の届くところにまで来ているんだ」
そうしてはしゃぐ人々を、少し離れた所から見つめている技術者が1人いた。
「飛行機。……確かに素晴らしい。その技術を他にも向けられないものだろうか?」
技術者の名はルイ・オットー。
ハルトヴィヒから航空力学を学んだ技術者の1人でシャルル、アンリ、レイモンの同期だが、彼は飛行機とは別の乗り物に思いを馳せていたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月16日(土)10:00の予定です。
20231209 修正
(誤)ハルトヴィヒとリーゼロッテ、ヘンリエッタた親子3人は、避暑ということでプロヴァンスの東にある高原に来ていた。
(正)ハルトヴィヒとリーゼロッテ、ヘンリエッタら親子3人は、避暑ということでプロヴァンスの東にある高原に来ていた。




