第二十九話 準備を整える
「わあー、とんだー」
アキラは『絹屋敷』の庭で、息子のタクミと一緒になって『折り紙飛行機』を飛ばしている。
連日の飛行機試験で家を空けていたため、タクミが拗ねてしまったのだ。
そこで、『折り紙飛行機』である。
長方形の紙を折って作るだけで、そこそこ飛ぶ。
飛ばしながらアキラは、これも王都で紹介したらいいなと考えていた。
そしてもう1つ。
「ほーら、こっちも飛ぶぞ」
「わあ、ぱぱ、すごーい!」
『竹とんぼ』もとい『木とんぼ』である。
こちらはハルトヴィヒが、愛娘ヘンリエッタに飛ばして見せている。
もちろんこれにも大きな意味がある。
『プロペラ』だ。
飛行機を作るにあたってプロペラは重要な部品であり、それを実験するのに『木とんぼ』は最適だったのである。
効率のよいプロペラの形を模索しながら木とんぼで遊んでいる、というわけだ。
結果、タクミもヘンリエッタも喜んでいるので問題なし。
アキラとハルトヴィヒも、久しぶりに我が子との楽しいひと時を過ごしたのである。
* * *
「さて、いよいよ王都行の打ち合わせをする時期になったわけだが、ハルト、本当にいいのか?」
「……ああ。リーゼとも相談の上だ」
「そうか……もちろんヘンリエッタも連れて行くんだよな?」
「もちろんだ」
「…………頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ!」
2人のやり取り。
……ハルトヴィヒ・リーゼロッテ夫妻は、飛行機が完成するまで王都で指導をする予定なのだ。
少なくとも1年、長ければ3年は王都暮らしになるだろうと考えている。
「ここド・ラマーク領は気に入っているんだ。だからできるだけ早く完成させてみせるさ」
「頼むよ」
本来ならアキラも王都に残りたいのだが、領地のことがあるのでそれは無理。
ということでハルトヴィヒ・リーゼロッテ夫妻に頼むことになったのである。
『携通』にある飛行機に関する資料の全部と、アキラが知る限りの(といっても僅かだが)飛行機に関係する知識をハルトヴィヒには教えこんである。
加えて、アキラと一緒に行った数々の実験。
今やハルトヴィヒはガーリア王国一の飛行機技術者となっていた。
……といっても、飛行機技術者が皆無なこの世界での一番であるが……。
「計画をもう一度見直してみよう。……と言っても、大まかな流れだけどな」
「まずはデモンストレーションだな」
折り紙飛行機、ハンドランチグライダー、木とんぼ、そしてライトプレーンで『飛行機』というものを紹介し、空を飛ぶことが夢物語ではないことを示す。
続けて『熱気球』を使い、実際に人間が空を飛ぶことができることを実演して見せる。
「さらに俺が、俺のいた国『日本』での航空機の利用法を説明するわけだ」
「それで十分説得力はあると思う」
ここまでは『異邦人』であるアキラがいるうちに行うので、問題ないと考えている。
「今の世界が平和でよかったなと思うよ」
「戦争しているようなら戦略兵器になりうるからな」
今後、どう発展していくかはわからないが、それはその時代を生きる人達に任せようとアキラは考えている。
が、少なくとも自分が生きている間は、『飛行機』を戦争には使わせたくない、と思っていた。
それはさておき。
「それで予算が下りて、飛行機の開発が承認されたら、やることは?」
アキラが尋ねた。
「まずは実験用風洞の製作、軽くて丈夫な素材の開発、そして仮称『魔導モーター』あるいは『魔導エンジン』の開発だな」
「やはりそうなるか」
「うん。幸いにして、風魔法を使えるから、風洞は低予算で作れるだろう」
建物と試験用機体を支える支持架があれば最低限の機能は備えているといえた。
「そこで実物大の模型を試験すれば開発期間はかなり短縮できるだろう」
「そうだな」
それこそがアキラとハルトヴィヒの計画の要でもある。
アキラと『携通』の現代日本での知識と、初歩ではあるがハルトヴィヒがマスターした航空工学、そしてこの世界のアドバンテージである魔法を組み合わせ、数十年分の発展段階をすっ飛ばし、2年で複葉機にまで漕ぎ着けようというのだ。
それには国家レベルでの『予算』と、様々な分野のエキスパートが必要になる。
それにはどうしても王都へ行き、国家プロジェクトとして承認されなければならない。
* * *
「……しかし、あるかどうかもあやふやな『ミシン』を探すために飛行機を開発しようとはな……」
ちょっと呆れたようなハルトヴィヒ。だがアキラは反論する。
「いいじゃないか。さすがにミシンの構造はわからないし、既にあるなら購入したほうが早いんだし」
「飛行機を開発する手間でミシンを作れないのかな?」
「方向性が違うから無理だと、俺は思っているんだ」
飛行機の場合、クリアすべきハードルはよく見えている。
だがミシンは……その開発ルートは霧の中だ。
見えない道を突っ走るより、少々長い道でも走り続けることができれば、目的地には早く着けるはず、アキラはそう考えている。
「急がば回れ、ともいうしな」
「何だい、それ?」
「俺がいた国のことわざさ」
「なるほどな」
これに対して『善は急げ』ということわざもあるが、どちらにも頷ける部分はあり、要はケースバイケースである、とアキラは思っていた。
* * *
「そして肝心な『魔導モーター』だけど、案はできているんだろう?」
アキラがハルトヴィヒに尋ねる。
「もちろんだ」
高出力なエンジンは、飛行機の性能アップに不可欠である。
地球の場合、ライト兄弟のフライヤー1号機は水冷直列4気筒のガソリンエンジンで12馬力だったが、その15年後のフォッカーDr1では星型9気筒110馬力となっている。
アキラとハルトヴィヒは、このレベル……第1次世界大戦時の複葉機……の開発を目標にしていた(フォッカーDr1は三葉機だが)。
「問題は魔力の消費と魔力源だな」
「だけど、それこそ王都の魔導師たちに相談するというか、一緒に考えてもらうことだろう?」
「まあそうなんだけど、やっぱり多少の方向性は考えておきたいじゃないか」
「確かに。……それはわかるかな」
「まだ日にちはあるから、せいぜい考えてみるよ」
窓の外、温もりはじめた日差しを受け、屋根の雪がどさっと落ちる音が響く。
雪解けの季節はもうそこまで来ていた。
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次回更新は9月2日(土)10:00の予定です。




