第二十七話 デモンストレーション用模型飛行機の構想
ド・ラマーク領の積雪も増えた。
『絹屋敷』の周辺や主な街道は定期的に雪かきをしているが、それ以外のところは2メートルを超えている。
同時に、日照時間は増え始める。
日照時間と気温の変化には相似性はあるが、それには時間差がある。
日本でいえば、日照時間は冬至に最短となり夏至に最長となる(これは日本でなくとも)が、気温はそれよりも少しずれ、最低気温、最高気温は1ヵ月半後くらいに出ることが多い。
ここド・ラマーク領でも、最低気温は年が明けてからとなる。
そしてその頃には日差しが少し強くなっているので、日光に当たった部分の温度は上がりやすくなっている。
つまり、日中は少し雪が溶け、夜中にそれが凍る、ということを繰り返すようになるのだ。
そうなると……。
「見事に凍ったな……」
積雪の表面がカチカチの氷に覆われるようになるのだ。
こうなると、大人が踏んでも潜ることなく、雪のある部分はたとえ湖の上でも歩けるようになる。
ただし氷なので滑りやすいが。
「金かんじき……じゃない、アイゼンを履かないとな」
「おう」
アキラの『携通』にあった、アプローチ(登山口までの移動)用の軽アイゼンを模して作ったものだ。
雪や氷に食い込ませるための『ツァッケ』(爪)は1センチくらいと短く、歩きやすくなっている。
これが長いと、履き慣れていない者は地面に引っ掛けたり自分のズボンの裾に引っ掛けたりして転びやすいのだ。
ゴム長靴に縛り付けて使うことで、凍った雪の上でも滑らずに歩けるようになる。
これができるまでは、釘を打ち付けた板を靴底に縛り付けたり、藁縄を靴に巻いたりしていた。
藁縄では氷の上では無力だし、すぐに切れてしまう。
釘を打ち付けた板は、岩を踏むと釘が曲がったり板から抜けてしまったりするし、使っているうちに釘がゆるくなって抜けてしまう、という不便さがあった。
軽アイゼンは鉄の板を曲げて作ったものなので、少々重いことを除けば耐久性に問題はない。
今では屋敷の者に留まらず、領民たちの間でも使われ始めていた。
* * *
「……ということで、模型飛行機を作ろう」
「おう」
何が『ということ』なのかというと、湖が全面結氷して大勢が乗っても割れなくなったため、『模型飛行機用の飛行場』として使えるからだ。
ド・ラマーク領は北の地にあり、なかなか広い草原がない。
そういう場所は田んぼや麦畑になっているので、気軽に模型飛行機を飛ばすわけにはいかないのである。
もちろん、収穫を終えた後なら問題ないのだが、その頃はアキラをはじめ皆忙しく、なかなか時間を作れなかった、という後ろ向きな理由もあったりする。
そこへいくと、冬の後半に入ったこの時期は仕事が少なく、ちょうどよい。
厳冬期を過ぎると天候も晴れの日が少しずつ増えてくる傾向にあった。
「デモ用としてハンドランチグライダーとライトプレーンを作ればいいと思うんだ」
アキラが言った。
ハンドランチグライダーはハンド(手)でランチ(発射)するグライダー(滑空機)の意味。
ランチは昼食ではなくロケットランチャーのランチである。
戦後、駄菓子屋で経木製のものが5円、胴体がプラスチックで羽がスチレンペーパー製のものが10円で売られ、子供たちに人気を博した時代があったという。
ライトプレーンはゴム動力のプロペラ飛行機だ。
胴体は細いヒノキの棒、主翼と尾翼は竹ひごで作り、薄い和紙を貼って作られる。
これも戦後の一時期、模型好き少年たちの間で流行ったようだ。
その後、精密な造形のプラモデルや、エンジン付きのUコントロール機やラジオコントロール機へと模型界のトレンドは移っていった……らしい、とアキラは『携通』に保存してあった記事を見て言った。
そんな『ハンドランチグライダー』と『ライトプレーン』なら、飛行機というものの可能性を見せ付けるのにふさわしいだろうと、アキラとハルトヴィヒは意見が一致したのである。
* * *
「まずはハンドランチグライダーからだな」
とアキラが言うと、ハルトヴィヒも同意する。
「そうなんだが……問題は材質だろう」
自作ハンドランチグライダーの素材は『画用紙』『ケント紙』もしくは『バルサ』『キリ』『ヒノキ』と『携通』の製作記事に書かれていた。
この世界では手に入りにくい、あるいは手に入らないものが多い。
「ヒノキに近い木材はあるけどな……」
「なら、紙で作るか」
「そっちだろうな」
紙なら和紙がある。画用紙やケント紙はないが、和紙を糊で数枚貼り重ね、平らな板に挟んで重しを掛けつつ乾かすことで和紙製のボール紙ができあがる。
ちなみにボール紙の『ボール』とは、『ball』(玉)ではなく『board』(ボールド、板)のことで、現代日本では『板目紙』とも呼ばれている。
そうして作ったボール紙を使い、『携通』にあった製作記事の図面を参考に部品を作り、張り合わせていく。
およそ2時間で1号機は完成。
「できたな」
「ああ。……糊が乾くまでもう1機作ってみるか」
『携通』には3種類の『ハンドランチグライダー』の図面が載っていたので、いっそのこと全部作ることにする。
1機目よりは2機目、2機目よりは3機目の方が早くきれいに作ることができた。
「まあ、こんなものか」
「糊が乾いてからだから、飛ばすのは明日だな」
「そうなるかあ……」
ハルトヴィヒは飛ばしてみたそうな顔をしていた……。
* * *
「夕食まではあと少し時間があるから、『ライトプレーン』について話をしよう」
「わかった」
アキラとハルトヴィヒは相談を再開した。
「『ライトプレーン』に最も必要で、最も代替えが利かないパーツは『動力用のゴム』だな。それはリーゼロッテに頼むしかない」
アキラはそう説明した。
「もうゴムの原液も残り少ないからね。そうした研究に使うのもいいだろうさ」
ハルトヴィヒも賛成してくれた。
「そっちは僕の方から頼んでおくよ」
「任せた」
『ライトプレーン』についての話はそれで終わりではない。
「あと問題は……」
アキラは『携通』を参考に描き出した図面を示す。
「『プロペラ』だな」
「うん、なるほど」
「俺の知る限りでは『プラスチック』で作られていたんだが……」
「ええと、『合成樹脂』だったな?」
「そうそう」
「木を削ってもいいんだが、できればプラスチックに代わる素材も欲しいな……」
「それも相談してみるよ」
「頼む」
こうして、模型飛行機製作に関する打ち合わせは進んでいった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月19日(土)10:00の予定です。
20230812 修正
(誤)「『ライトプレーン』に最も必要で、最も代替えが聞かないパーツは『動力用のゴム』だな
(正)「『ライトプレーン』に最も必要で、最も代替えが利かないパーツは『動力用のゴム』だな




