第二十五話 正月の夜
正月の夜はアキラ一家、ハルトヴィヒ一家それぞれに分かれ、水入らずで過ごす。
例年作っている『おせちもどき』もあるが、やはり『もどき』は『もどき』。本物に取って代わることはできない。
なので彩りに少し用意しているが、それ以外の料理で新年を祝うことになっていた。
「静かな夜だな」
「ええ、アキラさん」
はしゃぎ疲れたタクミとエミーはもうぐっすり眠っているので、『絹屋敷』で起きているのはアキラとミチアだけだ。
使用人たちも今日だけは実家に帰っているので、文字どおり『水入らず』である。
「明日から、また賑やかになりますね」
「そうだな」
『正月期間』なので業務は普段の3分の1くらいに減らしてはいるものの、2日からは使用人たちも戻ってくる。
労働基準法など影も形もない世界なので致し方ない。
これでもアキラが気を遣っているので、『絹屋敷』の労働条件はこの世界ではトップレベルである。
* * *
『絹屋敷』の敷地内に建てられた『離れ』に住まうハルトヴィヒ一家もまた、水入らずで正月の夜を過ごしていた。
もちろんヘンリエッタはとっくに夢の中だ。
「ハル、今年も王都へ行くのよね?」
「そうなるな。報告事項や献上する品物がたくさんあるからな」
「そうね。アキラと一緒だと相変わらず退屈しないわね」
「まったくだ。……祖国を離れたことは後悔していないかい?」
「してないわ」
即答だった。
「そうか、僕もさ」
「ただ、孫の顔を見せてやりたいな、と思うことはある」
「あ、それは、私も」
「そっか」
「うん」
そんなやり取りのあと、2人はしばし無言になる。
そしてどちらからともなく口を開く。
「ねえ……」
「なあ……」
そして顔を見合わせ、にこっと笑い合う2人だった。
「ハルからどうぞ」
「いやリーゼから」
「いいから、ハル」
「それじゃあ……なあリーゼ、『ヘリウム』を集められないかな」
「気球を作りたいのね?」
「そうなんだ。熱気球は長時間の飛行に向かないし、水素気球は危険だからね」
「うーん……今のところ望み薄ね」
「そうか……あ、リーゼは何を言おうとしたんだ?」
「え? うーんと、あのね、『飛行機』って作れないのかな、と思って」
「エンジンがなあ……」
「そっか……飛行機があれば、孫の顔をハルのご両親に見せに行けるのにね」
「それはリーゼも同じだろう」
2人は笑いあった。
飛行機にしろヘリウム飛行船にしろ、移動速度を大幅に上げることができるわけだ。
空を飛べる、というだけでも、山越え・谷越え・川越えなどの手間がなくなる分、移動が楽になるのは間違いない。
「危険を承知で『水素』気球を作るという選択肢もある」
水素気球は必ず事故を起こすと決まったわけでもないのだから、とハルトヴィヒ。
「うーん……でも……」
静電気による火花でも危険があるみたいだから、とリーゼロッテは渋い顔をするのであった。
「やっぱり有人飛行はヘリウムよね」
「そもそも大気中にあるはずのヘリウムをどうやって集めるか、それすら見当がつかないからな」
「ハルでも駄目かあ……私も、いろいろ考えたけど今のところ駄目なのよね」
「そうか……」
「ねえ、魔法でどうにかならないのかしらね」
「魔法か……魔法といったって何でもできるわけじゃないからな」
「それはわかっているわ。でも諦める理由にはならないでしょ?」
「それはそうだ」
そこで2人は暇つぶしも兼ねて、この正月の夜に話し合うことにした。
「一番使えそうなのって『風』かなあ?」
「そうじゃないか? でもなあ……」
「機体を宙に浮かせられるような魔法なんてないものね」
「あっても一瞬のことで、吹かせ続けられないからな」
「熱気球用の推進器じゃあ弱いのよね?」
「そうなんだよ」
ハルトヴィヒは、昨年秋、熱気球を開発した際に風属性魔法を使った推進器も開発している。
「でも、出力が足りない。時速15キロじゃ飛行機は飛ばないよ」
「だけど、一番可能性がありそうじゃない?」
「うーん、確かに」
越えるべきハードルは多く、解決すべき問題点は多々あるが、最も可能性がある道かもしれない、とハルトヴィヒは思い始めた。
「もっと小さく、軽くして、もっとパワーを上げればいいわけか」
「そうね」
「それを積んで飛ぶ飛行機ができたらいいんだが……うーん……アキラの『携通』で何か見たような気がするんだよなあ」
「私もそんな気がする。はんぐ……なんとか?」
「ハンググライダー……だっけかな?」
「あ、そうそう。そんな名前だったわ」
「よし、明日、アキラに話して見せてもらおう」
「賛成」
モーター・ハンググライダーという乗り物がある。
ハンググライダーに軽量のエンジンをつけ,プロペラで推進するものだ。
このプロペラ推進を『ハルト式推進器』に置き換えれば飛べそうではある。
「冬の間、少し検討してみるか」
「賛成」
さて、ハルトヴィヒ・リーゼロッテ夫妻の研究はうまくいくのかどうか……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月5日(土)10:00の予定です。
20230729 修正
(誤)「そもそも大気中にあるはずのヘリウムをどうやって集めるか、それずら見当がつかないからな」
(正)「そもそも大気中にあるはずのヘリウムをどうやって集めるか、それすら見当がつかないからな」




