第十八話 リボン
アキラはミチアにファッション関係の小物について、いろいろと質問をしている。
「……そうか……リネン(麻)のレースってあるんだな」
「ありますよ。夏物のドレスの裾や襟飾りに使われてます」
「ああ、そういえばそうか」
あまりそうした細部に気を付けていなかったことを悔いたアキラである。
「そうすると、絹でレースを作るのはできるな」
「もちろんですよ。列記したアイデアの中で、リボンも大丈夫です」
シルクで色とりどりのリボンができたら、きっと若い女性に大受けしますよ、とミチアは言った。
「まずは、リボン専用の織り機を作ってもらうか」
リボン用の織り機は、一般の織り機と基本構成は同じ。
ただ織物の幅が極端に狭いのが特徴なので、卓上に置けるほど小さくできる。
「よし、織り機を試作してもらおう」
「できあがったら使わせてくださいね」
「もちろんだよ」
* * *
わざわざハルトヴィヒに頼まずとも、領内にいる職人(もちろん織り機を作った経験あり)に依頼すれば2日でできあがってきた。
「これだと3センチ幅まで織れるみたいだ」
通常は最大で1メートル20センチ幅まで織れる構造になっているので40分の1。
細工が面倒くさい『綜絖』でさえ、作る手間は40分の1。
ド・ラマーク領の木工職人は、リボン用の織り機は作ったことはなかったが、絹織物用の織り機はいくつも手掛けていた。
よって2日でできあがるのも当然である。
「わあ、可愛らしい織り機ですね、あなた」
「だろう?」
「早速使ってみていいですか?」
「もちろんさ。試作だから、使い勝手についていろいろ意見を貰えるとありがたいし」
というわけで、早速ミチアはリボンを織ってみることにした。
まずは白い糸を使い、一番単純な『平織り』である。
経糸の本数は100本で行い、仕上がり幅は2センチとする。
織物としての密度は低め。これはしなやかさを重視するためだ。
「まずまず使いやすいです。……でも、飛杼はもう少し小さい方がいいですね」
「なるほど」
『飛杼』は緯糸を経糸の間に通すための道具である。
緯糸を巻き付けた糸巻きを内蔵するのだが、それが大きいために経糸の間に通しにくい。そこでミチアはもう少し小さくしてほしいと言ったわけだ。
「幅が小さいから緯糸の長さも短くて済みますからね」
「それはそうだ」
幅が40分の1の織物なら、同じ長さを織るために必要な緯糸は40分の1で済む。
飛杼の大きさを40分の1にしてしまうと使いづらいので、今回は二回りほど小さく作ったのだが、ミチアはもう二回り小さくてもいいと感じたのである。
「具体的に言ったら普通の織り機用の3分の1ですね」
「わかった。飛杼だけならすぐ作ってくれるだろう」
即、アキラは木工職人に追加依頼を出しに行ったのだった。
* * *
そんなこんなで、その日の夕方には試作リボンが4本ほどできあがった。
長さはいずれも1メートル、幅は2センチ。色は白。
では何が違うかというと織り方で、平織り、綾織り、繻子織り、杉綾織りの4種類。
平織りは経糸と緯糸が交互に上下する、最も基本の織り方。
ブロード、オーガンジーなどはこれ。
綾織りは経糸と緯糸を2本ずつ抜かすようにして交差させた織り方で、斜めに織り目が浮かび上がるのが特徴。
この斜めの線を『綾目(斜文線)』という。
デニムやチノクロスがこれ。
繻子織りは朱子織りとも書き、『サテン』のことである。
経糸または緯糸が4本から5本飛んで交差する(このあたりは言葉では説明しづらい)。
艶が出やすい反面、引っ掛かりには弱い。
杉綾織りは、綾織りが1方向への斜め模様だったのに対し、Vの字を繋げたような模様が浮き出るような織り方。
その形からヘリンボーン(ニシンの骨の意)とも言う。
どちらかというと厚手の生地に向く。
「どうかしら?」
「うーん、この中では繻子織りが一番いいな」
繻子織り、すなわちサテンはドレスの装飾にも使われている。
「次は平織りかな」
シンプルだけに使いやすそうだ、とアキラは言った。
「色糸で織るか、染めればもっと華やかになるな」
「そうですね」
この分なら十分世の中に受け入れられるだろう、と手応えを感じたアキラとミチアであった。
* * *
さて同じ頃、『魔法薬師』リーゼロッテは、天然ゴムとカーボンブラックの配合比を決定していた。
「これで丈夫で長持ちする靴底ができるわね」
ド・ラマーク領の冬は雪が積もるので、滑りにくい靴底が求められていたのである。
「タイヤにも使えるし、もう少し軟らか目のものはゴムベルトに使えばいいわね」
これでまた、ド・ラマーク領発の新製品ができあがったわけである。
* * *
一方、『ころ軸受』開発中のハルトヴィヒは苦戦していた。
「外輪と内輪がはまらないんだよ」
様子を見に来たアキラに、ハルトヴィヒは説明した。
「基本的に構造は単純だ。円筒形の外輪と内輪の隙間に円柱状の『ころ』をはめ込めばいい」
「うん」
「だけどそのままじゃ、軸をずらす方向に力を加えたら外輪と内輪がすっぽ抜けてしまう」
「そりゃそうだ」
「だから旋盤で内輪と外輪を削り出す際に『縁』つまり段差を作ればいいんだが、そうなると今度は組み立てられなくなる」
「外れない、ということは組めない、ということでもあるわけか」
「そうなんだ」
「うーん……」
そこまでは『携通』にも載っておらず、考え込むハルトヴィヒなのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月17日(土)10:00の予定です。
20230611 修正
(誤)二周り
(正)二回り
2箇所修正。
20230614 修正
(誤)綾織りは経糸と緯糸を2本ずつ抜かすようにして交差させた織り方で、斜めの折り目が浮かび上がるのが特徴。
(正)綾織りは経糸と緯糸を2本ずつ抜かすようにして交差させた織り方で、斜めの織り目が浮かび上がるのが特徴。




