第十七話 新製品のアイデア乱立
ゴムの利用案は次々に出てくる。
簡単なところで『輪ゴム』。
髪をちょっと束ねたり、丸めた書類を押さえたり、包み紙を一時的に留めたりと、応用も広い。
次はゴム栓。
コルクの代わりに使う。
コルクよりも密封性がよい。耐薬品性は考慮する必要があるが。
それからゴムホース。
『太陽熱温水器』で作ったお湯や、『ポンプ』で水を汲み出す際、それに遠くへ水を送るなど、用途は広い。
聴診器や氷嚢、水枕などの医療器具も作れる。
荷造り用ゴムベルト(バンド)。
荷造りの際に使うと、弾力があるので振動で緩みにくく、荷崩れの危険性が激減する。
機械用ゴムベルト。
モーターや発電機、足踏み旋盤などの回転力を伝達するベルトに応用することで、革ベルトよりスリップしづらいものになる。
また、つなぎ目のないものを作ることもでき、耐久性が増す。
更に、芯に布を使うことで引張強度を増すこともできる。
電線の被覆。
グッタペルカよりも弾力性があるので配線材用の被覆に使える。
それに靴底。
カーボンブラックを混ぜることで強度が出て、すり減りにくくなるのだ。
現代日本では耐久性を要求される靴底に用いられている。
同じ材質でタイヤへの応用も可能。
* * *
「カーボンブラックって、要は煤よね?」
魔法薬師であるリーゼロッテが確認するように呟いた。
「そうそう。油を燃やした火を陶器のお皿で受けてやると黒い煤ができるけど、それを使うらしいよ」
『携通』のデータを見たアキラが答えた。
『油煙』ともいい、墨作りにも使われる『黒』である。
今は、ハルトヴィヒの工房で、アキラ、ハルトヴィヒ、リーゼロッテの3人で打ち合わせをしているところだ。
議題は『新たなゴム製品の開発』。
冒頭に挙げたように、ゴム製品の案は次々に出てくるが、肝心のゴム原料の量は限られていた。
それで、開発品を絞り込まねばならないわけだ。
あれもこれもとやっていたら、ゴムの原料が尽きてしまう。
「さすがに、この寒い土地じゃゴムの木は植林できないものな」
ハルトヴィヒが苦笑しながら言った。
「それ以前に桑畑を減らすようなことはしたくない」
アキラとしては、主産業はあくまでも絹である。
なので、まずは応用範囲の広い『黒いゴム』の開発から始めることにしたわけだ。
「カーボンブラックは、黒い絵の具にも使われているわ。だから、わざわざ作らなくても買えるはずよ」
「なるほどな。今は手持ちにないから作るしかないが、量産するなら購入できるというのは強いな」
リーゼロッテの言葉に、アキラは量産時のハードルが1つ減ったことを知った。
「とりあえず、実験用のカーボンブラックがあるのでそれを使いましょう。……これを入れることでゴムが丈夫になるのよね?」
「うん。……ただ、混ぜる比率がわからない」
残念ながら、『携通』にはそこまで詳しい情報は保存されていなかったのである。
なのでアキラは、少量で試行錯誤を繰り返してもらい、最適な配合率を見つけてくれるようリーゼロッテに依頼した。
「任せておいて」
* * *
「次はハルト、『軸受』について話し合おう」
「うん。この前から聞いていたから、僕が今考えているのは『ころ軸受』だ」
「俺もそれがいいと思う」
軸受には『すべり軸受』と『転がり軸受』がある。
そして『転がり軸受』には『ころ軸受』と『玉軸受』がある。
さらに『ころ軸受』には円筒形のローラーを使った『円筒ころ軸受』と針状のローラーを使った『針状ころ軸受』がある。
……と、ここまでが『携通』からの情報。
「今の馬車も荷車も、すべり軸受なんだよな」
「油をさすとか、摩擦の少ない材料を使う、というのにも限界があるよなあ」
「なので『転がり軸受』を作れないかと考えているんだ」
「うん、アキラの希望はわかってるさ。今の技術で量産できるとしたら『円筒ころ軸受』だろうなあ」
考えた末、ハルトヴィヒは結論を出した。
「大きさの揃った鋼の真球を無数に作るなんてちょっとできそうもないし」
「そうだろうな」
「『ころ』なら、丸棒を切って作れると思うから」
焼入れ前の鋼で丸棒を作り、切断して『ころ』をたくさん作り、まとめて熱処理すればいい、とハルトヴィヒは言った。
「今のところ、ガワは旋盤で削るしかないかなあ……」
鍛造で円筒を作る、というのはまだ荷が勝ちすぎる、と少し悔しそうなハルトヴィヒであった。
* * *
リーゼロッテとハルトヴィヒに新たな試作の依頼を出したアキラは執務室に戻った。
アキラはアキラで、自分の仕事がある。
領主としての仕事は、補佐のアルフレッド・モンタンが手伝ってくれる(と言うより大半を処理してくれる)が、『シルクマスター』として、絹製品を開発するのはアキラである。
「レース……それにリボンか……」
今アキラが考えていたのは、レースとリボン。絹の生産量に少しずつ余裕が出てきたので、こうした小物を考えることもできるようになったのだ。
「あとはビロードができたらいいなあ……」
ビロード、別名ベルベット。
現代地球では、レーヨンやアセテートでも作られるが、シルクで作られたものは最高級品である。
なお、現代日本では、シルク製のベルベットをビロードと言うことが多い。
「織り方が難しいんだよなあ……専用の織り機がいるみたいだし」
いろいろ考え出すとキリがないので、まずは『リボン』の開発を行うことにする。
『リボン』とは、細幅に織った紐状の織物である。
現代日本では絹、レーヨン、ナイロン、ポリエステルなど、つるりとした感触の糸で織ることが多い。
そういうわけで、この世界ではまだリボンは馴染みがなかった。
髪を結い上げ、装飾する際は『平紐』が使われており、アキラが知る『リボン』よりもはるかに地が厚く、野暮ったかった。
「うん、まずはリボンを作ろう」
材質を変えることで用途も広くなる。
髪や衣服のみならず、贈り物を飾ることにも使われる。
「あなた、少し休憩なさってください」
そこへミチアがお茶を持ってきてくれた。
「ああ、ありがとう」
アキラは少し頭を休めると同時に、ミチアとも相談してみよう、と考えつつお茶を口にしたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月10日(土)10:00の予定です。
20230603 修正
(誤)革ベルトよりスリップしずらいものになる。
(正)革ベルトよりスリップしづらいものになる。




