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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第11章 新たな目標篇
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第十六話 流通量の向上に向けて

 ド・ラマーク領に本格的な冬が来た。

 1週間のうち3日間は雪、3日間は曇空。晴れる日は1日あるかないかだ。

 そんなある日、何を思ったか、アキラはミチアに尋ねごとをした。

「ミチア、木綿の太い糸で手袋って編めるかな?」

「編めますよ」

 要するに軍手なのだが、まだ木綿の流通量が少ないため、現代日本ほどには普及していないのが現状である。

 そのためド・ラマーク領には軍手は売られていない。なのでアキラはミチアに相談したというわけだ。

「手袋でしたら、2日あれば」

「頼むよ。できれば、俺と、タクミと、ミチアの手に合わせて」

「わかりました。3人分なので、マリエに手伝ってもらっていいですか?」

「もちろんだよ」


 マリエは『絹屋敷』の侍女頭である。

 といっても、侍女はマリエを含め、3名しかいないのであるが。


*   *   *


 3日後、『軍手』は完成した。大・中・小、3サイズである。

「おお、これはちょうどよさそうだ」

「これをどうするんですか?」

「もうちょっと待っていてくれ」

 いいものを作るから、と言ってアキラは軍手を手に、ハルトヴィヒ・リーゼロッテ夫妻の研究棟へ向かった。


*   *   *


「……で、これにゴムをコーティングすればいいのね?」

「そう。できれば軟らか目にしてもらいたいな」

「わかったわ。それなりに硫黄を少なくする加減はもう把握したから」


 アキラはまずリーゼロッテに、軍手のゴム引き処理を頼んだのである。

「なるほど、これなら水がしみ込むことはないな」

 ハルトヴィヒは軍手の用途について、見当が付いたらしい。

「雪いじりに使うんだな?」

「当たりだよ」


 除雪作業に、これまでは毛糸の手袋もしくは革製の手袋を使っていたわけだが、そのどちらも防水性という点では不十分であった。

 毛糸も革も、雪が融けた水分を吸い込んでしまい、重く、冷たくなってしまうのだ。

 また、毛糸の手袋の場合は耐久性に難があった。

 革の手袋も、いくら脂をすり込み、ワックスでコーティングしても限界があったのである。


 そういう意味で、今回アキラが試作した『ゴム引き軍手』に期待したくなるのは当然であった。


*   *   *


「やっぱりいいな、これ」

「手が濡れなくていいですね」

「ゆき、つめたくない!」


 お昼ごはんの後、アキラ、ミチア、タクミの3人は表に出た。

 既に数回雪が降ったので、積雪量は30センチを超えている。

 もちろん、手には『ゴム引き軍手』をはめている。


「ああ、子供用のゴム長靴も作った方がいいかもな……」

 今彼らが履いているのは『グッタペルカ』でコーティングした革の長靴ちょうかである。

 アキラやミチアには問題ないのだが、タクミには少し重いのだ。


 そんなことを考えたあと、アキラは頭を切り替え、タクミと共に雪玉を転がし始めた。

 もちろん、先日の茶色い『泥雪だるま』の作り直しである。

「ふふ、2人とも、楽しそう」

 それを見ていたミチアもまた、雪玉を転がし始めたのであった。


「ちちうえ、ははうえ、ぼく!」

 30分後、『絹屋敷』の玄関脇には3つの雪だるまが並んでいた。

 真ん中の小さい雪だるまはタクミ作。その向かって左、少し大きい雪だるまはミチア作。

 向かって右の一番大きい雪だるまはアキラの作だ。

 つまり親子3人の雪だるまである。

 雪玉2個で作られた日本式だ(西洋式は3個を重ねることが多い)。

 ちなみに、目と鼻には木の実、口には木の枝を使っている。


 そんな3体の雪だるまを見て、タクミはご満悦であった。


「この手袋は使えるな」

「ええ。手が濡れませんし、冷たくなりませんね」

 厚手の軍手をゴムでコーティングしたので断熱性も高い。

 素材が綿なので、手汗を吸ってくれるため蒸れにくい。

 ただし洗わずに放っておくと臭くなりそうであるから、使ったら洗う、という手入れが望ましい。


 それはさておき、冬季作業のために『ゴム引き軍手』の量産を考えるアキラであった。


*   *   *


「流通の増強、かい?」

「そうなんだ、何かいいアイデアはないかな?」


 雪だるまを作った後、アキラは執務に戻った。

 とはいえ、冬の仕事は少なめなので、こうしてハルトヴィヒと一緒に、将来への展望を話し合う時間も取れるのだ。


「平たく言うと、流通量を1.5倍から2倍にしたいんだ」

「難しい話だな」

「馬車の速度を最低でも1.5倍、できれば2倍に上げるか、積載量を同じくらいに上げればいいだろう?」

「理屈ではそうなるな。だが、速度も積載量もおいそれとは上げられないぞ。特に速度はな」


 馬が牽くから馬車。そして馬の歩く速度が馬車の速度になる。

 馬車が相当軽くならない限り、その速度が倍になることはないだろう。

 ただ、この『軽く』という表現が曲者くせものなのだ。


 馬車は車輪が付いた乗り物で、それを動かそうとした場合、『転がり摩擦』による抵抗を受ける。

 車輪や車軸など、様々な部品の抵抗の総和を上回る力で牽かなければ動かない。

 その場合の方程式がある。

 必要な力F(単位ニュートン)は転がり摩擦係数μと垂直抗力N(単位ニュートン)の積、つまり『F=μN』となる。

 このNは、水平面では質量m(単位キログラム)と重力加速度g(メートル毎秒毎秒)の積となる。


 ややこしい方程式は置いておいて、摩擦力は摩擦係数と重さに比例する、と定性的な理解があれば十分だ。


「なるほど、馬車の重さは変わらないとすれば、摩擦係数を減らせば抵抗が小さくなる、つまり馬車をより軽く動かせるというわけだな」

「そういうことだ」

「逆に言えば、摩擦係数を小さくできれば、積載量を増やすことができるわけか」

「それが狙いだ」

 アキラは、馬車の速度を上げられないなら積載量を増やすことで流通の活性化を図ったのである。


「軸受の改良が必要だけどな」

 これまたハルトヴィヒへの案件である……。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は6月3日(土)10:00の予定です。

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― 新着の感想 ―
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[一言] エボナイトはペン軸だけでなく、木管楽器や金管楽器の吸い口、喫煙酔うのパイプの吸い口、絶縁体の材料、合成樹脂の代用品……使い道が多いから重宝しそうですね。 芸術家が銅像の代わりにエボナイト製…
[一言] >>ド・ラマーク領に本格的な冬が来た。 1週間のうち3日間はドカ雪、3日間は吹雪。晴れる日は1日あるかないかだ。 >>そんなある日、何を思ったか、アキラはミチアに尋ねごとをした。 アキ…
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