第四話 情報収集
北の国『スヴェリエ王国』。
工業立国らしきその国の情報を集めようと、アキラは手を尽くした。
その結果、まずは領地内から情報が入ってきたのである。
といっても断片的なものであるが、それでもたくさん集めれば全体像を類推できるのではないかとアキラは期待した。
* * *
「君は、北の山からさらに北の国を眺めたことがあるんだって?」
「へえ、そうです」
この日『絹屋敷』に呼び出されたのは、今年75歳になる老人だった。
若い頃は猟をして北の山にも何度か分け入り、稜線まで登ったこともあるということで、アキラは話を聞きたいと屋敷に招いたのである。
「なんでもいい、知っていることを話してくれ」
「へえ。……わっしがまだ若かった時のことですがぁ、ラマを追って山に入りやして、気が付いたら3つほど山を越えていたんでがす」
「うんうん、それで?」
「気が付いたら右も左もわからず、自分がどこにいるのか見当もつかなくなっていやした」
「大変だったな」
「へえ、こいつはまずい、これ以上無理したら遭難する、いや既に遭難しかかってる、と思いやしてね。幸い真夏でしたんで、山ン中でも食うものには困らなかったです」
「うん」
「その時、自分がどこにいるのか知ろうと思いやして、手近な山の頂上まで登ったんです。その山はさほど険しくなかったんで、割合楽に登頂できまして」
「ほう」
「南はわっしらの村、なんとか方角はわかりまして、ほっとして。今度は北に目をやったんですよ」
「……何が見えた?」
「登った山より少し低い山がいくつもずーっと連なってまして、その向こうに『町』らしいものがちらりと見えたんでがす」
その『町らしいもの』というのは『スヴェリエ王国』の一部であろう、とアキラは想像した。
「距離はどのくらいあった?」
「そうでやんすねぇ、わっしの村までの距離の5倍から6倍くらいは」
「そんなにあるのか」
「へえ」
「……」
アキラは、山を越えてその町まで行くことを考えていたのだが、その距離を聞いて顔をしかめた。
そして、次のような質問をする。
「仮に、山越えをしてその『町』へ行けると思うか?」
問われた老人は腕組みをし、難しい顔で考え込み、しばらくして口を開いた。
「ちょっと難しいと思いやす」
……と。
理由は幾つか。
行くとすると雪の消える夏であるが、それは同時に植物が繁茂し、生き物が活性化する季節でもある。
見下ろした景色の中、『町』までの間に横たわるのは針葉樹林に覆われた山々だったという。
「あの中に入ったら、おそらく方角がわからなくなりやす」
「そうか」
だがアキラには『方位磁石』があるので、空が見えないような深い森でもなんとかなると思っている。
「それにどんな毒虫がいるかわかりませんや」
「それは嫌だな」
ミントを利用した虫よけを作ることはできるが、それとて万能ではない。
未知の毒虫は十分な脅威である。
「水の補給が難しいかもしれやせん」
「……川はなかったのか?」
川があれば水の確保が楽になるし、場合によっては川下りで『町』へ行けるのではないかと当て込んだのだが……。
「へえ、川らしい川は見当たりませんでしたぜ」
「そうか……」
理由は幾つか考えられるが、一番ありそうなのは『伏流水』になっている可能性だ。
この代表的なものが富士山である。
あれだけ大きな山体でありながら、富士山を源流とする川はない。
これは富士山が多孔質な岩石でできているためである。
そしてアキラはもう1つ質問をする。
「……仮に数年掛けて道を切り開くことはできると思うか?」
「道を……ですかい? さあ……わっしには見当がつきませんや」
「そうか」
一介の猟師に土木工事のことを聞くのは無理だった、とアキラは苦笑したのである。
* * *
次の情報は『蔦屋敷』からであった。つまり、フィルマン前侯爵からである。
そこそこ分厚い書状が届いたのである。
「何が書いてあった?」
ハルトヴィヒも興味津々である。
それでアキラは『絹屋敷』の要人……アキラ、ミチア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、そして補佐のモンタンらと共に、
「今広げるよ」
書状の一部は地図であった。それも、この大陸の。
もちろん手書きであり、縮尺も定かではなく、各地点間の距離も怪しいが、おおよその地形や道筋などはわかる。
そんな地図からわかるのは、『スヴェリエ王国』から船でやって来る際の航路である。
「これで見ると、相当大回りしてやって来ているようだな」
イメージとしては、デンマークあたりからイベリア半島を回り込んで地中海へやって来るようなもの。
陸のルートにはアルプス山脈が立ちはだかっており、荷物を運ぶことを考えると船の方が有利、ということになるのだろう。
もちろん木造船で、動力は風と人力、速度も出ないだろう。
「これじゃあ数年に1回しかやって来ないというのも頷けるな」
「そうだなあ。僕も、ここまでとは思わなかったよ」
「陸地は陸地で大変な苦労をしそうだしな」
「そう考えると、時間が掛かる『だけ』である船を使った方がいくらか有利なのかな」
「まあそうだろうなあ」
「飛行機があったらよかったのかなあ」
ハルトヴィヒが溜息を漏らす。
『携通』によって飛行機のことを知っている彼だが、エンジンを作ることが叶わず、まだ実現できていないのだ。
石油が見つかっていないこともあり、ガソリンエンジンもしくはディーゼルエンジンの開発は望み薄。
かといって電動モーターも、バッテリーが鉛蓄電池しか使えないので重量オーバー、長時間の飛行はできそうもなかった。
「アルプス越えは初期レベルの飛行機じゃ無理だろう」
そう言ったアキラの脳裏には、昔読んだ本にあった、『アルプス越えに挑んだチャベス』のことを思い出した。
ホルヘ・チャベスはブレリオ単葉機でアルプス越えを敢行したが、山地の強風に機体が耐えきれず、ゴール地点で機体が破損、墜落したのである。
つまり、仮にハルトヴィヒが飛行機を開発していたとしても、初期の機体では安全性に難があり、とても通商に使えるとは思えなかったのである。
とはいえ、前侯爵からの情報は、海路での可能性を示唆してくれたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月11日(土)10:00の予定です。
20230304 修正
(誤)だがアキラには『方位磁石』があるので、空が見えないような深い森でもなんとなかると思っている。
(正)だがアキラには『方位磁石』があるので、空が見えないような深い森でもなんとかなると思っている。
20230305 修正
(誤)「あの中に入ったら、おそらく方角がわからなくやりやす」
(正)「あの中に入ったら、おそらく方角がわからなくなりやす」




