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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第10章 平和篇
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第三十二話 あと少し

 蚕は終齢である5齢になるための『みん』に入った。

「脱皮すると5齢だ、じゃんじゃん食べるぞ」

「はい、頑張って桑の葉を採ってきます」

「うん、桑の木も今はどんどん伸びているからな」

「頑張って育てます!」

「頼むぞ」


 夏を迎え、桑畑は緑一色である。

 日差しは強いが、木陰は涼しい。

 時折夕立はあるが総じて晴天が続き、湿度は夏にしては低め。

 蚕の健康上も望ましい陽気であった。


*   *   *


「うーん、まずはこれでいってもらうか……」

 『回転砥石』を開発中のハルトヴィヒは、試作機を前にひとりごちた。

 円形の砥石を回転させる、それは比較的簡単にできた。今回は足踏み式である。

 砥石を交換する機構も簡単だった。

 全体を耐水性にし、水を掛けながら使えるようにするのも問題なし。

 残った問題は『砥石』だけだったのだ。


 そしてその砥石が、どうしても気に入らないのである。

 もちろん『人造砥石』であり、研磨剤を結着剤バインダーで固めて整形したもの……であるはずなのだ。

 が、適当なバインダーがどうしても見つからないのであった。

 もろかったり硬すぎたり、使いづらいことこの上ない。

 脆ければ削ろうとするとぼろぼろ崩れてしまう。

 硬すぎると削っているうちに砥石のほうがつるつるになり、研磨力がなくなってしまう。

 その中間くらいのものを作りたいのだがうまく行かない。


 『魔法薬師』である妻のリーゼロッテにも頼んでいるが、彼女は身重の身体ゆえ、自分で調合したり実験したりできない。いや、ハルトヴィヒがさせない。

 ゆえにそちらは遅々として進まないのである。


 そこでハルトヴィヒは、『天然砥石』を丸く加工することを思いついた。

 できるだけ良質の砥石を円盤状に加工する。

 この場合の砥粒は砂であるから、主成分は二酸化ケイ素SiO2、つまり石英である。

 モース硬度は7なので、5.5のガラスをなんとか加工できるわけだ。


 その代わりといえばいいか、交換用の砥石は多めに用意した。

 砥石形状も変え、厚手の円盤や薄手の円盤、周囲が山形になった円盤などを用意した。

「これで練習をしてもらっている間に、砥石を作れるようにしないとなあ」

 猶予期間はわずかだろうなとハルトヴィヒは思っていた。


*   *   *


「面白い機械ですね」

 『足踏み式回転砥石』試作機を見たレティシアは興味津々。

「最初は手で砥石を軽く回してやって、あとはこのペダルを踏めば回り続けるんだ。踏み方で回転速度も変わる」

 要は昔の『足踏みミシン』と同様の機構である。


「砥石が天然物なので研磨力が低いから、時間が掛かると思うけどね」

「いえ、これがあれば効率よく削れると思います」

「あとは、水を掛けながら削らないと、局所に熱が溜まって割れたり歪んだりしそうだから気を付けてくれ」

「わかりました!」


 早速やってみます、とレティシアは、やる気満々である。

 まずは試しということで、厚手のガラス板に溝を入れてみることにした。

 縦横10センチ、厚さ1センチのガラス板を用意。

 回転砥石に水を掛けながらガラス板を削ってみた。

 縦に、横に、斜めに、と溝を入れる。

 溝の形状はV字。砥石の角を使えば90度のV溝が、専用の砥石を使えば60度のV溝を彫ることができた。


「手で削るよりもずっと早くていいですね」

 それは間違いないだろう。

 レティシアの感想は、比較対象が手作業だから、という背景もある。

 ダイヤモンド砥石でガラスを削った場合と比べたら、この感想は出てこないだろうからだ。


 閑話休題。

 板ガラスで練習をしたレティシアは、いよいよガラスの器で試してみることにした。

 まずは無色のガラスの器からだ。

 削っても割れにくいよう、肉厚の小鉢を選んだ。

 おおよその目安を描いておき、そこを削っていく。


 最初は簡単な模様としてクロスライン(バッテンを続けたような模様)を切り込んでいく。

 荒い砥石で切り込んだあとはすりガラス状になっているので、もう少し細かい砥石で削っていく。

 これを繰り返し、2時間ほど掛けて最初の『切子細工』の器が完成した。


「……うーん、今ひとつ……いえ、今みっつくらいねえ……」

 とはいえ、記念すべき第1号である。

 レティシアはその器をアキラとハルトヴィヒに見せに行った。


*   *   *


「おお、これは思ったよりいい感じだな」

「そ、そうでしょうか?」

 アキラは第1号切子細工を褒めちぎった。

「なにもないところ……一から始めてここまで来たんだからな……」

「うん、これは素晴らしいね。だからこそ、回転砥石が不十分なのが悔やまれるよ」

 ハルトヴィヒは『ダレた』V溝の底を見てそう言った。

 削る過程で砥石の角が丸くなってしまった結果だ。

「もっと硬度が高ければなあ」

 天然砥石の限界であった。


「いえ私も、もっとデザインや技法を洗練されたものを作れるよう精進しませんと」

 レティシアもまた創作意欲に燃えていたのである。


 ここでハルトヴィヒは折衷案せっちゅうあんを出す。

「そうだ、V溝じゃなくU溝で作ってみてくれないか?」

「ああ、なるほど」

 V溝にしようとするから角部がダレてしまうのであって、最初から丸く作ろうとすればいいのではないか、という発想だ。

「その分、溝の幅は細めにして」

「いいかもしれません。やってみます」

「頼む。あと1日か2日で人造砥石の方もなんとかするから」

「お願いします」

「ハルト、頼むよ」

「なんとかしてみるさ」


 こうしてまた、ハルトヴィヒとレティシアはそれぞれ試作に取り掛かったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は11月26日(土)10:00の予定です。


 20221119 修正

(誤)V溝にしようとするから角部だダレてしまうのであって

(正)V溝にしようとするから角部がダレてしまうのであって

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― 新着の感想 ―
[良い点] おや、最初は足踏み動力ですか。 ハルト式蒸気機関の出番は大分先のようですね V溝はデモンストレーションには分かりやすいですが、個人的にはバカラのカットグラスのような平面構成でキリッとした…
[一言] >>夏を迎え、桑畑は緑一色である。 木の幹も根っこも木が生えている地面も一面緑色!! >>蚕の健康上も望ましい陽気であった。 そうなるようにハルトが作った通称『ハルト気象コントロール装…
[一言] 切子細工とはまた芸術性が高くて他では真似しにくい物を
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