第三十一話 新たなガラス工芸品
ショッキングな記述があります。11行目〜22行目注意。
4齢の蚕は相変わらず桑の葉を食べまくっている。
毎日の掃除も大事になっていた。
「いやあ、糞掃除も大変ですね」
王都から来た技術者の1人、ジェラルドが苦笑しながら言う。
「この糞だが、緑色の色素として使えるんだよな……」
「ええっ!?」
「そうなのですか?」
もう1人の技術者、ヴィクターもそれを聞いて驚いた。
「ちなみに、アキラ様のところではどんな使い方が……?」
技術者の紅一点、ヴェルナデットからの質問に、アキラは少しためらいつつも答える。
「……食品に緑色を付けるんだ」
「えっ!?」
「……お茶って緑色だろう? それを模したお菓子を緑色にするのに使うんだよ」
蚕の糞にはクロロフィル(葉緑素)が含まれており、緑色の着色料として使われる。
ショッキングな話だが事実である。
とはいっても、糞をそのまま使うのではない。
『蚕沙』と呼ばれる着色料として使うのだ。
これは蚕が食べ残して消化できなかった桑の葉と蚕糞からなる。
糞を乾燥させ、中に含まれるクロロフィル(葉緑素)と銅を結合させると、銅クロロフィルという緑色の着色料ができる。
抹茶アイスや抹茶風味の菓子を緑色にするのに使われている。
この場合、成分には『着色料:銅葉緑素』と表示される。抹茶を使っていれば『抹茶』と記述されるはずだ。
また『蚕沙』は肥料や家畜の飼料にも使われる。
さらに昔の漢方の生薬としても重用されていたようだ。
「そ、そうなんですね」
「そうなんだけど、この話をすると、みんな拒絶反応というか、嫌がってなあ」
「そうかもしれませんね……」
少なくとも貴族階級にいる人々は、蚕の糞すなわち『蚕沙』による着色を受け入れることは難しそうである。
* * *
一方、ハルトヴィヒは接着剤の開発に勤しんでいた。
時々、身重の妻リーゼロッテの助言を受けながら、である。
「ガーネットの粒を固めるわけね」
「そうなんだ」
さすがに、『携通』にもそこまでは載っていなかった。
「接着か、焼成だろうとは思うんだがな」
「焼成って、レンガみたいなものね」
「そういうことだな。……レンガじゃあ軟らかくて刃物は研げないが」
「そうねえ……硬すぎてもいけないんでしょう?」
「ああ、そうだな。砥粒、というらしいんだが、その砥粒が適度に更新されるのが望ましいそうだ」
要するに砥粒の角が取れ、研磨力がなくなってきた頃に、その砥粒がぽろっと取れて新しい砥粒が顔を出す、というような感じにしたい、とハルトヴィヒは説明した。
「難しい要求ね」
「要するに『固め方』を調整できるようにして、最適な条件を見つけ出して運用すればいいんだと思う」
「あ、なるほどね」
このようにして、接着剤もしくは結合剤の検討は進められていった。
* * *
そしてレティシアである。
「『とんぼ玉』、かあ……」
ガラスペン、ガラス風鈴を開発した彼女は、『携通』で見た『とんぼ玉』を作ってみようとしていた。
とんぼ玉とは、柄・模様が入った小さなガラスビーズのことである。
トンボの複眼に見立ててこの名があるらしい。
「どうやって作ろうかしら」
製品としての『とんぼ玉』はわかっても、技法までは『携通』に載っていなかったのだ。
「ガラスの管を作って、それを切っていけばいいかな?」
とんぼ玉は『ビーズ』の一種であるから、糸もしくは紐を通せるよう、中心に穴が空いている必要があるのだ。
そこで、ガラス管を短く切っていけば、穴の空いたビーズが作れるわけで、これは『管引き』と呼ばれる技法である。
この他にも、『巻き付け』といって離型材を塗った芯棒に、溶かしたガラスを巻きつける技法や、『ホットキャスト』といって鋳型に流すやり方もある。
ガラスの塊を削って作る方法もあるが、量産性が悪い。
「とりあえずガラス管でやってみよう」
ということで、早速加工を始めるレティシア。
彼女の腕前ならすぐにできあがりだ。
最初は試作なのでまったく模様なし。
「うん、これでよさそう。ガラス管の太さを変えたり、もう一度炙ったりすればいけそうだわ」
そこで、今度は模様入りのガラス管を作っていく。
はじめはマーブル調の模様入り。
色ガラスはすでにできているので楽であった。
「これ、いい感じかも」
色の違うガラス同士を溶かして混ぜ合わせる過程でマーブル模様ができる。
ちなみに『マーブル』とは大理石のことで、色が流れたような模様を持つことが多く、似たような模様をマーブル柄とかマーブル模様という。
ミチアたちが研究していた『墨流し』もマーブル模様を作る技法だ。
蛇足ながら『おはじき』のこともマーブルといい、その名を冠したチョコレートもある。
それは置いておいて、レティシアは色も模様もサイズも様々な『とんぼ玉』を『管引き』によって次々に作っていった。
100個ほども作ったあと、それに紐を通してみる。
「いい感じ?」
できあがったのはブレスレット。
幾つか、大きさの違うとんぼ玉を組み合わせてみる。
「こうしてみると、小さめのほうがいいかな……」
そこで、試作はここまでとし、アキラに報告することにしたのである。
* * *
「おお、とんぼ玉か」
アキラも、ガラス細工ということでとんぼ玉は候補に上げており、すぐにそれと気がついた。
「はい。どうでしょう?」
「いい感じだと思う。だけど……」
アキラは正直な感想を口にする。
「大きいとんぼ玉よりも小さいものの方が上品な気がするな」
「はい、私もそう思いました」
レティシアも同じように思っていたようだ。
「あと、マーブル以外にも、1色で透明な玉を作ってもいいんじゃないかと思う」
緑や青のガラス玉なら、普段遣いの装飾品にできるだろう、とアキラは考えたのである。
「色ガラスが貴重な今だけの特産になるだろう」
開発されたばかりの色ガラスだからこそ希少価値があるが、王都で報告を行い、数年もすれば量産され、価値は暴落するだろうと思われた。
「長くても2年くらいだろう」
「そういうことですか。確かに、それほど技術は必要としませんからね」
レティシアも、『とんぼ玉』作りに高度な技術は必要がないことに気が付いてはいた。
「それでも、ド・ラマーク領が発祥の地で、最初に作ったのがレティシアである、と、工芸品の歴史の1ページには残ると思うよ」
「それは名誉なことですね」
後世に名と作品を残すことは職人の夢であり目標でもあった。
レティシアはこの地に来てよかった、と改めて思ったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月19日(土)10:00の予定です。
20221112 修正
(誤)「うん、これでよさそう。ガラス管の太さを変えたり、もう一度炙ったりすればいけそう」
(正)「うん、これでよさそう。ガラス管の太さを変えたり、もう一度炙ったりすればいけそうだわ」
(誤)緑や青のガラス玉なら、普段遣いの装飾品にできるだろう、とアキラは考えたでのある。
(正)緑や青のガラス玉なら、普段遣いの装飾品にできるだろう、とアキラは考えたのである。




