第七話 復路
今回の『王都行』もつつがなく終了し、アキラ一行は帰路にあった。
往路では固かった木の芽も、復路では心なしか少し膨らんだようにも見える。少しずつ春が近づいているのを感じさせる風景であった。
「今回もいろいろあったなあ」
とハルトヴィヒが言い、アキラもそれに同意する。
「まったく。でもいいこともあったじゃないか」
「いいこと……なんだよな」
「『準男爵』になったんだから、いいことだろう」
他国から帰化した技術者が、1代限りの準男爵とはいえ貴族に列せられるのはかなり珍しいことである。
しかしこれによって、ガーリア王国内におけるハルトヴィヒの発言力は大きくなった。
「安全基準や公衆衛生に関する進言を聞き入れてもらいやすくなるだろうな」
「そうさ。それはこの国、この世界にとっていいことだ」
「それもアキラのおかげだよ」
アキラの『携通』からのアイデア提供がなかったらできなかった、とハルトヴィヒは言った。
「それは宰相はじめ、みんなわかっていると思う。そうでなければ、王都とド・ラマーク領を結ぶ街道の整備なんて言い出さないだろう」
「それはそうかもしれないが」
この春からの、国を上げての大工事。
王都と絹生産地を結ぶ街道を作る。
その街道を、名付けて『絹街道』……だそうだ。
「絶対、面白がってるよな」
アキラが言うと、ハルトヴィヒは頷いた。が、すぐに付け足して曰く、
「とは思うが、アキラが自分の世界での絹の歴史を語ったからだと思うぞ」
「まあ、それは否定しないが」
そう、アキラはかつて地球で『シルクロード』と呼ばれた長大な交易路のことを話していたのだ。
それを聞いた国王はじめ重鎮一同が、『絹街道』を作ろう、と言い出したのである。
もちろんこれは、アキラへの配慮であると同時に褒美でもある。
最初にアキラが落ち着いた土地であるリオン地方、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵の領地のすぐ隣であるド・ラマーク領を与えられたのも配慮の一環といえた。
もちろん、山国で小麦などの穀物生産量が少ない土地なので、桑畑を広げるのに適しているということもあるが。
主要穀物である小麦・大麦の生産量を減らしてまで桑畑を増やすほどこの国は愚かではない、ということである。
また、街道整備はれっきとした国家事業であり、賦役に駆り出された者たちにも賃金が出、経済が活性化する一端を担ってくれるだろうという期待もある。
「でもまあ、いずれはもう少し王都に近い産地ができあがると思うよ」
「そうだな。だがそれならこっちはこっちで、他の1歩先を進むまでだ」
「ハルト、頼りにしているよ」
「こっちだってアキラが頼りさ」
「俺が、というより『携通が』だろう?」
冗談めかしてアキラが言うと、ハルトヴィヒは苦笑した。
「いやいや、やっぱりアキラさ、『携通』だっていつまでも使えるわけじゃないんだろう?」
「まあそうだな」
どんな機械にも寿命がある。
ましてこの世界では『携通』の修理は不可能なのだ。
「9割方書き写してあるけどな」
アキラの奥方、ミチアが侍女時代から頑張って書き写してくれた成果である。
絹に関する情報や技術的な情報は全て。
それ以外の情報も8割以上書写してあり、書き写されていないのは娯楽系のデータがほとんどだ。
特にミュージックデータは書き写すことができないので、近々音楽関係の才能のある者を招き、譜面に起こしてもらおうという計画がある。
実現はもう少し先になるとは思うが、『携通』が壊れる前には行う予定だ。
「できれば年内に、だな」
そのための依頼は出してきた。あとは希望者がいてくれるのみだが……。
「それは大丈夫だと思うよ」
ハルトヴィヒが自信あり気に言う。
「多分希望者が殺到していると思うから、文部省の人たちは大変だろうと思う」
* * *
ハルトヴィヒの予想は正しかった。
音楽の才があり、上を目指す意欲のある者たちの多くが、異国いや異世界の音楽を知りたいと考えていたので、申込者の数は3桁に達していた。
その中から1、2人を選ぶという作業は甚だ神経をすり減らす作業で、文部省の役人たちは当分苦労が続くようであった。
* * *
閑話休題。
その日の宿泊はリオン地方の玄関口にあたるモントーバン町。
現領主にして前侯爵の長男、『レオナール・マレク・ド・ルミエ』侯爵がいる町である。
「ようこそおいでくださいました、父上。そして『シルクマスター』ド・ラマーク卿」
一行が町の入口に近づくと、レオナール侯爵自らが出迎えてくれた。もちろん配下20名と一緒に。
「うむ、出迎えご苦労」
「この度は『報告会』も大成功だった由、お慶び申し上げます」
「ありがとう。そなたも壮健で何よりだ」
フィルマン前侯爵は馬車の窓を開け、馬上のレオナール侯爵に話し掛けた。
それから馬と馬車は並走を(並歩?)し、レオナール侯爵邸の玄関に至る。
「本日はごゆるりとお寛ぎください」
「うむ」
その夜の歓待は往路の時にも増して豪華なものであった。
「新準男爵誕生に、乾杯!」
「……恐縮です」
ハルトヴィヒが準男爵に叙せられたことも知っており、レオナール侯爵は夕食の席で大いに祝った。
「ハルトコンロ、でしたかな? 早く量産してほしいですな」
「が、頑張ります」
祝うと同時に発破を掛けられたハルトヴィヒであった。
あと少しでド・ラマーク領。
北国の夜空には星が瞬いていた。
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次回更新は6月4日(土)10:00の予定です。
20220528 修正
(誤)「いやいや、やっぱりアキラさ。『携通』だっていつまでも使えるわけじゃなんだろう?」
(正)「いやいや、やっぱりアキラさ、『携通』だっていつまでも使えるわけじゃないんだろう?」




