第五話 たとえ話
午後1時、午後の部開始である。
「アキラ殿、予定を少し変更したいのだが」
「構いませんが、どうされたのですか?」
宰相パスカルからのいきなりの提案に、アキラは尋ね返した。
「午前中、アキラ殿と話をしていて、どうしても先に話し合っておきたいことができたのだ。陛下にも許可を得ている」
国王ユーグ・ド・ガーリアは黙って頷いた。
「それでだな、話し合いたいというのは、『戦争の回避』についてなのだ」
「えっ」
思いもよらない単語が出てきたので、アキラは面食らった。
「戦争……というと、相手がありますよね。まさか帝……」
「いや、たとえ話だ、たとえ話」
あくまでも『仮想』。
たとえ話として処理するので、この場では何でも思ったことを述べてほしい、と言われたアキラであった。
「そうですね……」
アキラが通っていた大学でも、一般教養として『歴史』の講義はあったし、アキラも履修していた。
その講義の中で、『歴史にIFはないが』という題で、『もしもあのときああしていれば、戦争は避けられたのではないか』という討論会が行われたことがあった。
当時のアキラは歴史にはたいして興味もなかったのであまり発言はせず、聞き役に回っていたが。
「私は軍事に関しては全くの素人です。その素人の意見ですから、おかしなところがあったら指摘してください」
ということで、当時の討論の内容を思い返しながらアキラは口を開いた。
「まず考えるべきは『開戦の意思決定』でしょうか」
「ほう?」
「おそらく国王陛下と、彼の国は皇帝、でしょうね」
「そうなるだろうな」
「ですので、そうした指導者に『戦争をすべきではない』と思わせることが必要と考えます。やり方は……そのときどきで変わってくるでしょう」
「なるほど、面白い意見だ」
「我々にはない、斬新な視点だな」
宰相だけでなく、近衛騎士団長のヴィクトル・スゴーも興味を持ったようだ。
「それから……戦争の目的をはっきりさせる必要があるでしょうね」
「うむ。大抵は相手国の資源や土地を奪うため、であるからな」
近衛騎士団長が同意した。
「今、我が国は……おそらく『発展期』にあると思います。つまり、諸外国から狙われやすい条件が整っています」
「確かにな。アキラ殿のおかげで、10年前に比べ、国庫の収益は1.5倍に増えている。国としてこの数値は大変なものである」
産業大臣ジャン・ポール・ド・マジノの発言。
「ならば、どうすればよい?」
「ですので、『すべきではない』と思わせる要素も表に出すことですね」
「ふむ、具体的には?」
近衛騎士団長はアキラの説明に興味をそそられたようだ。
「……例えば『強力な軍隊』を持っていると内外にアピールすることです」
アキラの脳内には某国の軍事パレードが浮かんでいた。
「つまり、我が国はこれだけの力を持っているから、攻めて来ても痛い目を見るだけだぞ、と思わせようということだな?」
「仰るとおりです、閣下」
このアキラの意見は『古くて新しい』ものだったようだ。
わかりきっているほど当たり前の内容でありながら、実践している国は皆無。
というのも、ほとんどの国では国軍の詳細とは軍事機密として伏せておくものだったのだ。
「知らしめることにも大きな意味があるのだな」
宰相パスカルは感慨深げである。
「国外へのアピールも含めて、行っていたのは王城前での観兵式くらいのものだ」
「ですな」
近衛騎士団長も頷いている。
「他に策はないかな?」
「え、ええと……策といわれましても、先程も申し上げましたように私は軍事には疎いので……」
と、そこでアキラはもう1つ思い出したことがある。
「遠交近攻、という言葉があります」
「ほう?」
「遠い国と戦争をしても、あまり利益はありません。というのも、勝って領土を得ても遠いので維持管理が大変です」
「確かにそうだ」
「ですので、遠い国とは仲よくしておけば、安心して近くの国と争える、というような意味ですね」
「ほほう、深いな」
『遠交近攻』。これは古代中国の戦国時代、秦の宰相となった范雎という政治家が打ち出した外交政策である。
これはまた、『兵法三十六計』の第二十三計でもある。
「確かに、帝国とは隣接しておる。帝国の隣にはブリタニー王国があり、女王マーガレット・マージョリー・スチュワート陛下は苛烈な方だ。彼の国と仲よくすれば、帝国への牽制になることは間違いないな」
アドリエンヌ・ド・ガーリア王妃は旧姓スチュワート。つまりブリタニー王家と血縁関係にある。
つまり2国の仲は悪くないのだ。
「絹製品を優先してマーガレット女王に贈呈することも考えておいたほうがいいでしょうな」
「同意します」
「それから……『美人計』というものがあります……」
「美人計?」
「なんだね、それは?」
「『美人計』は兵法三十六計の第三十一計で……」
『携通』の情報を見ながらアキラは説明した。
「要するに色仕掛けで相手の指導者を懐柔するというものです。あまり褒められた策ではないですよね」
「いや、過去にそれを行った国がある」
「そうなのですか」
古今東西……世界が違っても、人間の本質はあまり変わらないのかなあ、と思ったアキラであった。
* * *
「いや、参考になった。『異邦人』の知恵は深いな」
「左様ですな」
出席者は皆、技術者であると思っていたアキラが思いもよらず戦略について意見を出してくれたので驚くとともに、その内容に感心もしていたのだった。
* * *
アキラのこうした助言がどこまで役に立ったかはわからないが、この先70年以上……アキラやハルトヴィヒらが存命の間、ゲルマンス帝国とガーリア王国は戦争をすることはなかったのである。
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次回更新は5月14日(土)10:00の予定です。




