第二十二話 年、あらたまる
雪が降り積もり、いつしか年が改まった。
「あけまして、おめでとう」
「おめでとう!」
『絹屋敷』では新年のお祝いをしていた。
ガーリア王国でも新年を祝う習慣はあるが、『正月』というイメージとは程遠い。
が、アキラとしては、やはり『元旦』は1年の始まりで特別な日(正確には、『元旦』は『元日の朝』の意)なのである。
そこで、ド・ラマーク領に根付かせたいなと思ってはいるのだが……。
「この雪じゃちょっと無理かなあ」
新年は領主として領民に声を掛けることも検討していたアキラなのだが、これまで1度も行っていない。いや、行えていない。
それは、年が改まるころのド・ラマーク領は雪に閉ざされるからである。
実際、雪の多い土地では『新年』を祝うよりも、『春の訪れ』を祝うことのほうが多い。
それは『雪解け』の頃に行われる『春祭り』であったり、地方によっては『雪送り』と呼ばれる行事だったりする。
確かに、長く辛い冬を越えてきた人たちにとって、春の訪れは何よりも嬉しいものだろう、とアキラにも理解できた。
とはいえ(元)日本人としては、正月の行事ができないのは寂しいものがある。
というわけでアキラは『絹屋敷』の中だけでも『正月』を味わおうとしていたのである。
餅。少量だが餅米も作っているので、暮れのうちにに蒸し、餅搗きを行った。
醤油系の雑煮や付け焼き、きなこ餅などにして食べている。
小さいが鏡餅も作り、床の間……はないので執務室の棚に飾っている。
余裕ができてきたら『絹屋敷』内に和風の空間を作るつもりだ。
お節。
可能な範囲で再現、ということで、伊達巻の代わりに玉子焼き。
海老は川海老を使い、『鬼殻焼き』とした。
ごまめも、小魚の甘露煮でそこそこ再現。
きんとんも栗と芋を使って似たようなものに。
数の子は、内陸なので似たようなものすら手に入らなかった。
かまぼこも、作り方は『携通』に載っていたのだが、材料になる白身魚が手に入らなかったため、作れず。
きんぴらやシイタケ、タケノコの煮物はなんとか似たようなものが作れた。
……と、かなり種類も少なく、アレンジされたものが多いが、体裁だけは整っていたのである。
醤油があったのが大きいな、とアキラは過去の『異邦人』に感謝していた。
「お屠蘇代わりに『清酒』を飲めるし」
米が作られているので、『清酒』すなわち日本酒も作ることができるようになっていた。
まだまだ小規模で、販売できるレベルではないが……。
軌道に乗れば『清酒』もまた、ド・ラマーク領の産物として売りに出せるであろう。
こちらは、残す所設備だけなので、この春の『王都行』で人気が出れば予算も出やすくなるはずである。
『掘りごたつ』に入りながらアキラたち……アキラ、ミチア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテら……は寛いでいた。
この『こたつ』も、少ない熱量を有効に使うという点ではなかなか優秀で、『絹屋敷』ではこの冬の定番になりつつある。
ただ、土足文化系のこの世界で、どうやって普及させるか、が今後の課題である。
その他、『書き初め』『お年玉』は子供の代には……とアキラは密かに考えている。
『凧揚げ』『独楽回し』『羽根突き』は、雪のため無理であろう。
また、『初日の出』を拝むのも、同様にこの北の地ではちょっと無理そうだ。
ただ、『かるた』はアルファベットを使うこの世界でもなんとか再現できそうなので、知育玩具として開発したいなとアキラは考えていた。
「毎年思うけど、アキラの世界って季節ごとにいろいろな行事があったんだな」
ハルトヴィヒが感心したように言う。
「そうだな。俺の国は農耕民族の国だったためか、季節の移ろいを大事にしていたな」
「なるほど、農業は季節と密接に関係しているからな」
アキラの説明で、ハルトヴィヒも少し得心がいったらしい。
「他にもいろいろあったわよね?」
こたつでぬくぬくしながらリーゼロッテが尋ねた。
「ああ、節分の豆まきとか、桃の節句とか、お花見とかな」
春の行事に思いを馳せるアキラ。
「お月見、なんてのもあったわよね」
「そうだったな」
この世界にも地球と大差ない月があり、昨年の秋はお月見をしようとしたアキラだったのである。
あいにくとその晩は曇っていたのだが。
「しかし豆まき、っていうのもよくわからない行事だよな」
と、ハルトヴィヒ。
「ああ、それなあ……。古来のいろいろな行事が融合したものらしいけどな……」
実際、豆まきの原型は旧暦大晦日の『追儺(おにやらい、あるいはついな)』である。平安時代は宮中行事であった。
当時は桃と葦の弓矢を使った、ともいうが、『豆まき』のルーツは定かではない。
「でも、そういった行事が多数受け継がれているってことは、伝統文化の伝承という意味で、素敵なことよね」
リーゼロッテが少し寂しそうに言った。
その理由は、
「私たちの出身国である帝国では、そうした伝統文化の大半が『無駄』『非合理』という理由で捨てさせられたのよね」
……ということだそうだ。
「伝統を捨てるって……悲しいですね」
ミチアはリーゼロッテに同情した。
「そうよね。確かに意味がわからなくなってしまったものもたくさんあるけど、前の世代から受け継いで、次の世代に伝えていくものだと思うわ」
「そうだよな。物質的なものじゃないけど、心が豊かになると思うよ」
「そうよね、ハル」
ハルトヴィヒもまた、伝統文化が精神的な側面も持つと主張した。
「でも、そうした伝統行事を行えるってことは、生活にゆとりがあるってことだからな」
「アキラさんの言うとおりですね。伝統を途絶えせさせないようにするには生活の余裕がないと難しいです」
「そのあたりも結局領主の責任なんだろうかな」
そんなアキラに、ハルトヴィヒは忠告する。
「アキラ、領主だからってなんでもかんでも背負い込むのはやめとけ。僕たちや部下を頼ってくれ」
「そうよ、アキラ」
「そうですよ、アキラさん」
「……ありがとう」
身軽でなければいざという時に動けないから、とハルトヴィヒが締めくくった。
「ほんとにそうだよな……」
新年を迎えたド・ラマーク領。『絹屋敷』に集う者たちの絆は強い。
お読みいただきありがとうございます。
20220226 修正
(誤)「そうだよな。物質的になものじゃないけど、心が豊かになると思うよ」
(正)「そうだよな。物質的なものじゃないけど、心が豊かになると思うよ」




