第十二話 収束
それからの3日間、アキラは奔走していた。
蚕の病気『微粒子病』がブリゾン村だけで収まっているのかの確認である。
養蚕を行っている周辺の村を全部回り、直にその目で確かめてきたのだ。
もちろん、徹底した《ザウバー》を掛け、万に一つも自分が病気を持ち込まないよう注意して、である。
そしてその結果、『微粒子病』はブリゾン村だけに留めることができたようである。
「なんとか処置が間に合ったようだな……」
最悪の事態は免れたようだ、と アキラはほっとため息を吐いたのであった。
* * *
その夜、『蔦屋敷』ではアキラのために慰労会が開かれた。
「アキラ殿、ご苦労だったな」
「閣下、知らせが早かったので処置も間に合いましたよ」
「うむ、まさに電信様様じゃな」
天の配剤か、電信が開通した直後のことだったため、アキラも迅速な対応ができ、被害を最小限に食い止めることができたのである。
「こうしてみると、情報伝達というのは早さが命であるな」
「はい、そう思います」
「今回はよくやってくれた」
「いえ、これが役目ですから」
「それでもだ。感謝しておるぞ」
「おそれいります」
「で、これからどうすればいい?」
「そうですね、衛生的な作業を徹底していただければ大丈夫かと」
「うむ、各村にもう一度通達しよう」
慰労会ではあるが、やはりこうした話に向かってしまうのは致し方のないことか。
それだけ、今回の『微粒子病』が衝撃的だったのである。
「今後のことは、明日の朝打ち合わせよう」
「はい」
「慰労会なのに固い話をして済まぬな」
「いえ」
「今夜は飲もうではないか」
「いえ、程々になさってくださいよ……」
一度お倒れになっていらっしゃるのですから、とアキラは釘を刺した。
「む、うう……」
それで前侯爵も渋々ながら頷いたのであった。
「アキラ様、お疲れさまでした」
「ささ、一杯どうぞ」
「こちらもお召し上がりください」
「アキラ様、これも美味しいですよ」
「ああ、ありがとう」
前侯爵との話が終わると、元ミチアの同僚であるリュシル、リリア、リゼット、ミューリらがやってきて、アキラに酒と料理を勧めた。
アキラもふと、ここで暮らしていた頃のことを思い出し、思えば遠くへ来たものだなあ、と感慨にひたったのである。
その夜の酒は殊の外美味く、ついつい飲みすぎてしまうアキラであった……。
* * *
「……ちょっと頭が痛い……飲みすぎたな……」
翌日、アキラは二日酔いであった。
「儂も酒に弱くなったな……」
どうやフィルマン前侯爵も、らしい。
「大旦那様、アキラ様、お水をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
二日酔いにはまず水分の摂取が大事である。
できれば経口補水液が望ましいが、水でも悪くない。ただし一度に飲みすぎると吐き気をもよおすことがあるので要注意だ。
そして食事は、胃に優しいものがいい。
「今朝はお野菜のお粥です」
「おお、これはいい」
オリザ(米)の料理も少しずつ普及してきており、今朝はそれを使った野菜粥であった。
細かく刻んだ葉野菜、人参、大根が粥とともに煮込まれており、ほっとする味に仕上がっている。
わずかに効かせた塩味がうれしい。
「最近は、儂もこのオリザ……いや米が気に入ってな」
「それは嬉しいですね」
「それにこの味噌スープ……味噌汁もなかなか美味い」
一緒に出てきたのはジャガイモと玉ねぎの味噌汁。この組合わせは、ちょっと洋風でもあるため、前侯爵らにはとっつきやすく、評判がよかった。
よく煮込んだジャガイモと玉ねぎは噛まずとも口の中でとろけるほど柔らかかった。
そしてほうじ茶。
紅茶があるのでお茶の木もあったわけで、つまりは緑茶も作れるわけだ。
お茶の葉は面白いことに、収穫したあと放置すると発酵する。すると緑色だったお茶の葉は茶色に変わっていくのだ。これが紅茶である。
摘んだお茶の葉をすぐに蒸したり煎ったりすることで発酵を止めたものが緑茶、発酵させたものが紅茶、途中で発酵を止めたものが烏龍茶である。
ほうじ茶は、緑茶をさらに『焙じ』たもので、カフェインが少なく(無いわけではない)胃に優しい。
「うむ、お茶も美味い」
「焙じたてですね」
そう、前侯爵が飲むほうじ茶は、淹れる直前に緑茶を焙じているので、出来合いのほうじ茶と比べ、香りが段違いなのである。
そのほうじ茶を飲みながら、前侯爵はアキラに尋ねた。
「アキラ殿、今日はどうするつもりだ?」
「はい、ちょっと考えていることがあります」
「ほう、それは?」
「蚕の選別です」
「ふむ?」
アキラは『選別』について説明を行った。
「今飼っている蚕は、全て同一種です。ですので長所も短所も同じです。ということは、同じ病気で全滅することもありうるわけです」
「うむ」
これは、アキラが持ち込んだ蚕が1品種しかなかったからである。
「ですが、生物は変異を起こすことがあります」
「変異?」
「はい。突然変異とも言って、原因は特定できませんが、親と違う性質の子ができることが極々まれにあります」
「なるほど。馬などでもそういうことがあるな」
「はい。今回、そういう蚕がいないか、各村を回っていた時に確かめました」
「ほう、それで?」
「他の蚕が病気になって繭も作らなくなっていたのに、普通に繭を作った蚕がいました」
そういう繭が5つあり、2匹の雌と3匹の雄が生まれ、交尾を経て卵を得ることができていたのだ。
繭を作らない蚕は全て焼却したのだが、そうして得られた卵だけが残っていたのである。
「ふむ。わかってきたぞ。そうした蚕を集めて、増やそうというのだな?」
「はい」
ただし、リスクもあります、とアキラは言った。
微粒子病の病原菌が残っていたら、再び病気が蔓延するおそれがあるからだ。
「ですので、この『選別』した蚕はブリゾン村でのみ飼わせようと思います」
「なるほど、それはよい考えだ」
ブリゾン村の養蚕は、今回の微粒子病により打撃を受けた。
それを挽回するため、もしかしたら微粒子病に強いかもしれない蚕を増やしてもらおうというのである。
「しばらくは他の蚕を飼育するのも憚られますからね」
病原菌が完全にいなくなったと安心できるまで、極力人の出入りも減らすことになる。
そんなブリゾン村を救うための一手であった……。
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次回更新は12月18日(土)10:00の予定です。
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20211212 修正
(誤)一度お倒れになっていらっしゃるのですから、とアキラは釘を差した。
(正)一度お倒れになっていらっしゃるのですから、とアキラは釘を刺した。
(誤)ブリゾン村の養蚕は、今回に微粒子病により打撃を受けた。
(正)ブリゾン村の養蚕は、今回の微粒子病により打撃を受けた。
(旧)「はい。今回、そういう蚕がないか、各村を回っていた時に確かめました」
(新)「はい。今回、そういう蚕がいないか、各村を回っていた時に確かめました」
20211214 修正
(誤)
「他の蚕が病気になって繭も作らなくなっていたのに、普通に繭を作った蚕がいました」
(正)
「他の蚕が病気になって繭も作らなくなっていたのに、普通に繭を作った蚕がいました」
そういう繭が5つあり、2匹の雌と3匹の雄が生まれ、交尾を経て卵を得ることができていたのだ。
繭を作らない蚕は全て焼却したのだが、そうして得られた卵だけが残っていたのである。
20220104 修正
(誤)「なるほど。馬などでもこういうことがあるな」
(正)「なるほど。馬などでもそういうことがあるな」




