第十一話 微粒子病対策
とにかく現地で実態を見ないことには始まらないと、アキラはブリゾン村へ行く準備をすすめていった。
同時に、こちら……『蔦屋敷』やアキラの拠点である『絹屋敷』に病気を持ち込まないよう、細心の注意を払うことにする。
まずは乗っていく馬にも行き帰り《ザウバー》を掛け、病原菌を死滅させること。
それはアキラ自身も同様だ。
荷物も極力減らし、菌を持ち込むリスクをできる限り少なくする。
そして、リーゼロッテが大急ぎで作ってくれた《ザウバー》の効果のある魔法道具を3つ持った。
「では、行ってきます」
「うむ、アキラ殿、頼んだぞ」
「はい」
フィルマン前侯爵に見送られ、アキラはブリゾン村を目指した。
ブリゾン村は『蔦屋敷』の南、1キロほどのところにある。
馬でなら5分も掛からない。
村の北側には小川が流れ、橋が架かっているので、念には念を入れ、橋の手前でアキラは馬を降りた。
馬はそのまま小川のそばの立木に繋いでおく。そうすれば水も飲めるし、草も食べることができるからだ。
アキラは徒歩で橋を渡り、ブリゾン村に足を踏み入れた。真っ先に向かったのはブノワ村長の家だ。
「おお、あなた様は」
村長はアキラのことを見知っていた。
「アキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵だ。フィルマン前侯爵閣下から聞いてやってきた」
「ありがとうございます」
「早速だが、状況を教えてくれ」
「はい……」
村長の説明によると、村の東側で飼育している蚕の過半数が病気に掛かったということだ。村の南で飼っている蚕はまだ無事だという。
「よし、基本的に東の蚕は全滅だと考えておいてくれ」
「やはり、駄目ですか」
「うん。この病気は移るからな」
「仕方ありませんね……」
がっくりと項垂れるブノワ村長。
春から育ててきた『春蚕』が、ようやく繭を作ろうというのに、それが全て徒労に終わってしまうのだから無理もない。
「だが、放置しておけば他の蚕にも伝染し、全滅することになる」
特にこの世界にいる蚕は全て同じ品種なので、同じ病気に弱い。
そしてアキラは村長とともに東にある『蚕室』へと向かった。
その結果……やはり『微粒子病』であった。
そしてアキラは、ここの飼育環境が少し気になった。
「ちょっと風通しが悪いな。それにこの場所は湿気っぽい」
「はあ……」
「環境的にも、ちょっとよくないな。せめて《ザウバー》をまめに行ってほしいものだが……」
こちらの『蚕室』には《ザウバー》の魔法道具は常備されていなかったのである。
「駄目だぞ。指示したことは守ってくれ」
「面目次第もございません」
苦言を呈するアキラと、恥じ入る村長。
蚕も、終齢になっているにも拘らず繭を作らずに黒くなって死んでいるものが多い。
「かわいそうだが、ここの蚕は全て焼却だ。繭もだぞ? もったいないと思うかも知れないが、そのために他の蚕まで全滅する憂き目は見たくないだろう?」
「わかりました……」
アキラとしても、終齢まで育った蚕を焼いてしまうのは心が痛む。だがこれも必要な措置なのだ。
道具類以外は全て焼却。その道具類も《ザウバー》で徹底的に殺菌消毒することになる。
その日のブリゾン村には、夜遅くまで火が焚かれていたのだった。
* * *
その夜、アキラは村長宅に泊まった。
そして『微粒子病』への対処方法を懇々と説いていく。
「とにかく《ザウバー》を使って消毒を徹底してくれ。特に桑の葉を」
「なるほど、桑の葉からもこの病気は広がるのですな」
「出入りする職人にも気をつけるように」
「わかりました。徹底させます」
「病気が落ち着いたら、種紙は援助するから、あまり気を落とさないように」
「ありがとうございます……」
* * *
翌日、病気の蚕が全て焼却されたあと、飼っていた『蚕室』には徹底的な《ザウバー》が掛けられた。
もちろん、アキラが持ってきた魔法道具による。
「この魔法道具は無償で貸し出すので、役立ててくれ」
「おお、助かります」
ここで有償にしたりすると使うのを躊躇うことに繋がるおそれがあるため、無償としたのである。
とにかく『微粒子病』を根絶させないことには安心できないからだ。
そして、村の南にある『蚕室』も確認し、異常がないかを確かめるアキラ。
もちろん自らにも徹底した《ザウバー》を掛けている。
「うん、こちらは大丈夫そうだな」
「へえ、旦那に教わったとおりにやっていますで」
「そうか。これからも頼むぞ」
「へえ」
こちらの監督官は、かつてアキラが教え育てた職人の1人、ゴドノフだった。
ゴルド村の出身だが、昨年からここブリゾン村で後進の教育をしているのだ。
「ゴルド村にも気をつけさせてくれよ?」
「へえ、あっちには弟のイワノフがおりやすので」
「そうか」
イワノフもまた、アキラが教育した最初期の職人である。
「慣れてきた頃が危ないというからな」
「へえ、今回もそれですね」
ついつい決められたルーティンを守らず、自分ルールで進めたくなるのがこの頃だ。
ゴドノフによると、2人ほどの新人がなかなか言うことを聞かないため苦労しているらしい。
蚕室に出入りする際の消毒を怠る傾向にあったという。
「確かに、面倒くさいのはわかるがな」
「でも、今回の病気発生には懲りたでやしょう」
「そう願うよ」
今回の病気発生の背景と思われる『湿気対策の不備』そして『不十分な殺菌消毒』。
これが厳禁であることは、他の村々にも伝わるであろう。
そしてこれを教訓とし、蚕の健康管理を徹底してくれることを願うアキラであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月11日(土)10:00の予定です。
20211204 修正
(誤)『蔦屋敷』やアキラの拠点である『絹屋敷』に病気を持ち込まないよう、最新の注意を払うことにする。
(正)『蔦屋敷』やアキラの拠点である『絹屋敷』に病気を持ち込まないよう、細心の注意を払うことにする。
(誤)翌日、病気の蚕が全て償却されたあと、飼っていた『蚕室』には徹底的な《ザウバー》が掛けられた。
(正)翌日、病気の蚕が全て焼却されたあと、飼っていた『蚕室』には徹底的な《ザウバー》が掛けられた。
(誤)蚕も、終齢になっているにも関わらず繭を作らず、黒くなって死んでいるものが多い。
(正)蚕も、終齢になっているにも拘らず繭を作らずに黒くなって死んでいるものが多い。
(旧)春から育ててきた『春蚕』が、ようやく繭を作ろうというのに、それが全ておじゃんになってしまうのだ、無理もない。
(新)春から育ててきた『春蚕』が、ようやく繭を作ろうというのに、それが全て徒労に終わってしまうのだから無理もない。
20220116 修正
(誤)その日のブノワ村には、夜遅くまで火が焚かれていたのだった。
(正)その日のブリゾン村には、夜遅くまで火が焚かれていたのだった。
(誤)ゴルド村の出身だが、昨年からここブノワ村で後進の教育をしているのだ。
(正)ゴルド村の出身だが、昨年からここブリゾン村で後進の教育をしているのだ。




