第四話 思いがけない発見
アキラはローマンとともに町を巡っている。
最初は大通りとそこに面する商店街を見て回った。
「いかがですか、この町は」
「うん、活気があっていい町だね。商店も品揃えがいいし、品質も悪くない。値段も適正のようだ」
「ありがとうございます。次はどこへご案内いたしますか?」
「変わったものを売っている店ってないかな?」
「変わったもの、ですか?」
「うん。変わったもの、というか、ここの町にしかないものというか……そう、特産品を扱っている店でもいい」
アキラとしては自領の発展に役立ちそうなもの、もしくは発展の参考になりそうなものを扱っているような店があれば行ってみたいと思っていたのである。
それには、隣町出身の案内人ローマンがいる今がチャンスだった。
「そうですね……」
とはいえ、アキラの要望はなかなか難しかったようで、ローマンはしばし考えた後で、
「わかりました。ではまいりましょう」
とアキラの案内を再開したのである。
そのローマンがアキラを案内していったのは、大通りから3本の通りを隔てた、狭い通りに面した中規模の店だった。
店構えはそこそこ立派で、間口も広い。
通りは狭いが、人の行き来もチラホラあって、寂れた感じはしない場所であった。
「お、ここは面白そうな店だ」
「お気に召すといいのですが」
入り口の戸は開け放たれており、道を行く者は時々店に入り、品物を眺め、気に入ったものがあれば購入しているようだ。
「日用品や工具、雑貨……といったところかな」
荒物屋、といった雰囲気である。
ちなみに『荒物』とは『小間物』に対する言葉で、『粗雑な道具類』の意。『小間物』とは化粧道具、櫛・笄・簪などを言った。
蛇足ながら、金物屋と違うのは、『箒』や『塵取り』、『物干し竿』、『たらい』『洗濯板』など、金属製ではない道具類も扱っていることである。
まずアキラの目を引いたのは『ネズミ捕り』だった。
針金を組み合わせてできており、現代日本で見かける籠状のネズミ捕りに似ている。
それから『四つ手網』。
川や池に沈めておいてエビ類を捕る漁具だ。
練った小麦粉を石にくっつけて重り兼寄せ餌にする。引き上げるとそれを食べに来たエビやカニを捕まえられるというもの。
それに『手桶』。
柾目の通った針葉樹らしい木材で作られ、銅製のタガで組まれている。
「……これは……」
この桶を作った職人に、炊いたご飯を入れておく『お櫃』を作ってもらいたいなと思ったアキラであった。
そして、塗料もいくつか置いてあった。
「お、蜜蝋があるな。……こっちはクルミ油か。なるほど、専門に作っている職人がいるんだな」
木工職人が自分で用意せずとも、『分業』として製造している人がいるなら、それを購入すればいいわけで、結果的に作業効率がアップすることになる。
「おや、これは?」
店の片隅でアキラが見つけたのは、小さなお椀と被せられた油紙。
油紙とは、紙に油を塗って乾燥させたものである。
油は何でもいいわけではなく、『乾く』油、つまり『乾性油』でなければならない。
油紙の使い方……中身を封するため……も気になったが、それ以上に気になったのはお椀の中身である。
「ああ、それには触らない方がいいよ。書いてあるだろう?」
アキラがお椀を手に取ってみようとした時、声が掛かった。
見れば、初老の男性で、どうやらここの店主らしい。
「人によってはかぶれるからね」
「かぶ……れる? そうすると、やっぱりこれは『漆』ですか?」
「何だって? 君は、『漆』を知っているのかい?」
「ええ、まあ。……本当にただ『知って』いるだけなんですが」
アキラはその昔、大学で伝統工芸の講義を受けた際にほんの少しだけ『漆芸』つまり『漆塗り』について習ったことがあるのだ。
『習った』とはいっても実技ではなく、単に映像で作業の様子を見せてもらっただけであるが。
アキラの興味は『養蚕』と『絹産業』にあったため、本当にごくわずかの知識しかないのであった。
「それでも、これを知っている者には初めて会ったよ。……もしかして君は『異邦人』か?」
「え? ええ、まあそうです」
「す……すると君……いや、あなたは、領主様のところにいらしている『ド・ラマーク男爵閣下』!?」
「ああ、うん」
アキラが頷くと、店主は平伏した。
「も、申し訳ございません!」
ここでローマンが口を出す。
「そうだ。このお方はド・ラマーク男爵閣下である。本日はお忍びなので態度については咎めない」
「ははっ、ありがとうございます!」
「……ローマン、もういいよ」
「はい、わかりました」
ローマンも、別に店主を罰しようと考えていたわけではなく、単に注意を促しただけである。
それが平伏までしたものだから多少面食らっていたというわけだ。
「ええと、それで……つまりこれは『漆』で、どなたか『異邦人』の方が見つけた、ということかな?」
「はい、仰るとおりです」
「その人は、今は?」
「もう20年ほど前に亡くなりました」
「そうか、残念だ。……で、これを採る方法は伝えられているわけだね?」
「はい。職人が3人ほどおります」
「そうか……!」
以前、銅線に『カッスの実』から取った塗料を塗って絶縁したことがある。
が、その『カッス塗料』は南方産のため高価でしかも手に入りづらいのだ。
なんとか入手した分は既に使い切ってしまい、その後手に入れられず、どうしようかと考えていたアキラなのである。
が、『漆』は、ウルシ科のウルシから採った樹液を精製したものである。
採取法、精製法は独特なものなので、以前この世界に来た『異邦人』が遺してくれたというのは嬉しいことであった。ウルシの木はこの地方でも自生しているらしい。
ただ気になるのは、
「息子さんの領地の産物なのに、どうして前侯爵が知らなかったのか」
ということである。
これの答えは単純であった。
『漆採取の技術』を持つ職人がこの地方にやってきたのが最近だったからである。
正確には、アキラがド・ラマーク男爵となったのと同じ頃だという。
「『異邦人』の方が領主になったらしいという噂を聞いて、この地へ流れてきたのです。今は私の家で食客になっております」
「なるほど。……後日、改めて話を聞かせてほしい。その職人たちも交えてな」
残念ながら、一旦戻らなくてはならない時間が近づいて来てしまったのだった。
それでアキラは再訪を約束し、その日はレオナール侯爵邸へと戻ったのである。
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次回更新は10月23日(土)10:00の予定です。
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20211017 修正
(誤)「し、失礼足しました!」
(正)「も、申し訳ございません!」




