第二話 帰路の話
フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵とアキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵は領地へ帰るため、馬車に揺られていた。
そんな2人は、王城での報告会を振り返っている。
「画期的だったのは木工旋盤じゃな」
「そうでしたね」
苦労して運んだ木工旋盤。
大きく重いので、馬車が1台増えたほどである。
そのデビューをどう演出するかにも頭を悩ませた。
『木工ろくろ』と呼ばれる器械はこの世界にもあった。
職人はそれを使って、丸棒を作り上げていたのである。
これは椅子の脚や階段の手すりに使われていた。
しかし、である。
小物を作るための『チャック』を作り上げることはできていなかった。
『チャック』とは、『ワーク』すなわち被切削物を固定する部品である。
ボール盤でドリル刃を掴む部分といえばわかりやすいだろうか。
3つないし4つの『爪』をねじなどで送り、中心に被切削物を固定する。
このとき、中心を正確に出せないとまずい。
というのは、大抵の製品は、外と内を削り出すものだからである。
例としてはお椀。
まず外側の形を削り、次にひっくり返して内側を削る。
外側に合わせて内側を削るわけだ。逆にすると、内側の様子が見えない状態で外側を削らなくてはならず、非常にやりにくい。
またこの時、中心がずれてしまうと、肉厚が一定しないお椀になってしまう。
それどころか、薄い側を削りすぎて穴を空けてしまうことさえありうるのだ。
ゆえに『チャック』の精度は重要である。
さらに言えば、固定力が弱いと削っている最中に被切削物が外れてしまうし、強く掴みすぎると傷をつけたり割ってしまったりすることになる。
それらを全てクリアした『チャック』。
それが『木工旋盤』のウリの1つだった。
冬の間に工夫に工夫を重ねた、その成果である。
そしてもう1つのウリは足踏み駆動である。
これまでの『木工ろくろ』は、助手が手動でハンドルを回して被切削物を駆動するものだった。
それが足踏み式になったことで、加工する職人の意志で回転数を調整できることになり、微妙な力加減ができるようになった。
それはすなわち製品の品質が向上するということである。
ハルトヴィヒによるデモンストレーションは、居並ぶ職人たちの目を奪うのに十分だった。
「おお!」
「なんと見事な……」
ハルトヴィヒが削り出してみせたのは『お椀』。
使ったのは『ナラ』。
縁部分の厚さを1ミリほどの薄さに削り上げた逸品である。
本来なら『漆』を染み込ませて仕上げるのだが、今回はデモンストレーションのため、素木のまま、サンプルとして置いてきた。
その他、木製のコップ、ワイングラスも作って見せ、ついでに花瓶までサンプルとしたのである。
そんなデモンストレーションが功を奏したと言っていいのか……それから2日間、ハルトヴィヒは王都の職人に木工旋盤の使い方についてコーチする羽目になったのである。
「でもまあ、報奨金10万フロン(約1000万円)、奨励金20万フロン(約2000万円)をもらえたことだし」
ハルトヴィヒは帰化して10年未満なので、叙勲の対象にはならなかった代わりに褒美をもらった、というわけである。
* * *
「報奨金といえばリーゼロッテもだったな」
「そうですね、閣下」
リーゼロッテはキハダの皮とハチミツ、デンプンを用いて丸薬を作ったのである。これは胃炎、口内炎、急性腸炎、腹痛、下痢に効く。
特に『水中り』による腹痛、下痢に効くので、長期行軍を行う軍には欠かせない薬となりそうだ、ということで、『口紅&リップクリーム』、『墨汁インク』と併せて報奨金10万フロンと奨励金20万フロンをもらったのである。
「じゃが、なんといってもハイライトはあのドレスじゃろう」
「そうかもしれませんね」
王妃と第2王女に贈られた新作のドレス。
『携通』にあったデザインを参考にしたオフショルダーの夜会用ドレスだ。
完成された藍染により青のグラデーションを施したスカート部分と、レースをあしらった襟元。
王妃のものは胸元をやや開け、そこにレースの花をあしらった。
第2王女のものは上品な丸襟とし、薄い紫に染めたレースの縁取りと、ウエスト部分の銀色のラメが若々しさを際立てるようにしている。
さらに、絹製品ではないが、ドレスに合うよう青い色に染めた鹿革で作ったハイヒールも外せない。
さらにさらに、ギザギザを入れた銀線で作られた……平戸細工という……ティアラ。
そうした『全身コーディネイト』を、王妃も第2王女も大いに気に入ってくれたのである。
それでもらえた報奨金は50万フロン(約5000万円)、奨励金も50万フロン。
借金だらけのアキラとしては一息つける臨時収入であった。
「今年はさらなる飛躍の年になるじゃろう」
「そうなってほしいですね」
前侯爵の言葉に、アキラも頷いた。
思いがけず貴族に列せられ、慣れない領地経営をしつつ絹産業を始めとした各種産業の振興。
必死に突っ走ってきたアキラなのである。
もちろん、支えてくれる人々がいつも周りにいたことは大きい。
「それに、そろそろおめでたの話はないのかな?」
「え、ええと、こればかりは授かりものですし……」
「そうか。……アキラ殿とミチアの子、早く儂に見せてもらいたいものだな」
「は、はあ……」
アキラの妻であるミチアは、前侯爵の友人の忘れ形見なのだ。
ゆえに前侯爵は、侍女として扱ってはいたが、姪っ子のように思っていたのである。
そのため、1日も早く子供……『姪孫』といえるかもしれない……を見たがっていたのである。
* * *
彼らを乗せた馬車の列は街道を進み、現侯爵であるレオナール・マレク・ド・ルミエ侯爵が治めるリオン地方に入った。
もうすぐモントーバンの町である。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月9日(土)10:00の予定です。
20211002 修正
(誤)非切削物
(正)被切削物
3箇所修正。




