第三十二話 冬の訪れ
年末も近づいてきたある日、ド・ラマーク領に初雪が降った。
翌日は晴天。
それゆえに地面や屋根の雪は昼には溶けたが、北の山々は既に真っ白である。
「いよいよ冬が来るな」
「食料の備蓄は十分、燃料も十分です」
「まずは安心か」
「あとは、この冬、大雪にならないといいんですけどね」
「ハルトが補強してくれているからな」
アキラとミチアは領内を巡りながらそんな会話を交わしていた。
2人にとって、領地を得てから3年目の冬である。
この領地巡回も重要な仕事である。
夏と冬、年に2回行われる領地巡回。
領内の治まり方をその目で確かめ、不平不満がないかを確認し、よりよい統治のために生かしていく。
アキラはそう捉えていた。
1年目はいろいろ勝手が違い、戸惑うことが多かった。
食料や燃料の備蓄が足りなくなりそうで焦ったが、雪の少ない年だったのでかなり助かった。
翌年は十分な蓄えを持って臨んだ冬だったが、春を前にして大雪が降り、領内でも倒壊した家が幾つか出てしまった。
死亡者はなかったのが不幸中の幸いだった。
そして3年目。
自分たちだけではなく領内全域で十分な食料と燃料を用意し、傷んだ建物はできる限り修理した。
そしてハルトヴィヒに、魔法による補強も行ってもらったのである。
1割程度の強度アップであるが、それでも大助かりである。効果は半年くらい続くので、冬を乗り切るには十分だ。
加えて、冬の間の仕事もある。それぞれのペースで仕事が出来、雪解けになったらお金が入ってくる。
領民にとって朗報であった。
「今年はネズミの害もほとんどなくて助かったな」
「ええ」
最初の年は、小麦・大麦を備蓄した倉庫に野ネズミが入りこみ、荒らされてしまったのだ。
ネズミはまた、蚕も食べるため、徹底的な駆除が行われた。
その甲斐あって、2年目にはほとんど害がなくなったのだ。
そしてもちろん、今年も。
「巣箱も多少役に立っているかな?」
フクロウやミミズクなど、ネズミを食べる猛禽類がいる。
その巣になるような『巣箱』を領内の食料庫そばの立木や畑の周囲に据え付けた結果、52の巣箱の半数近く、24個にフクロウが住み着き、子育てをしたのである。
巣立ったフクロウは一部は近くを縄張りとし、夜行性の野ネズミを食べてくれている。
「夜になるとホーホー声がしますからね」
『絹屋敷』の裏手にあるカシの木にもフクロウが住み着いていた。
「それならいいか。……あとは、テンサイ糖作りだな。どれくらい集まったんだっけ?」
初夏にふれを出し、栽培を開始していたので、そこそこ集まっていた。
「昨日の時点で60キロくらいです」
「今年はお試しレベルだな」
「それでも、この出来次第で来年以降の収穫量がぐっと増えますよ」
「そうだな」
今年に限っては、『絹屋敷』で、暖房のための薪ストーブや暖炉を利用してテンサイを煮詰めていくことで砂糖を得ようと考えているのだ。
この方法なら、燃料代の節約にもなるからである。
「まあ『携通』の情報だと、テンサイ1キロから170グラムの砂糖が採れるらしいからな」
発見時の実験ではもう少し少なかったが、それは季節が適していなかったためと思われるので、これからの作業に期待しているアキラであった。
「街道整備も冬の間は休みだし」
「そうですね」
地面が凍る上、雪が積もったら工事どころではない。
春の雪解けまで工事は一時中断ということになる。
その人手は皆領内の者なので、冬は他の内職をして過ごしてもらうこととなるわけだ。そしてこの冬はその内職にも新たな選択肢が増えていた。
木工関連である。
木工旋盤で加工した製品を、幾人かで仕上げを行うわけだが、オイルフィニッシュの他にも蜜蝋を擦り込む『ワックスフィニッシュ』もある。
冬の間に造り溜めておき、春に出荷するわけだ。
「温泉を見つけたかったなあ」
「ふふ、あなたはお風呂お好きですものね」
「寒い時の温泉は格別なんだよ」
まあ雪見風呂や露天風呂はちょっとこちらの地方では寒すぎると思われるが……。
* * *
夕方、アキラとミチアは『絹屋敷』に帰ってきた。
昼間は晴れていたのに午後になって雲が出始め、今はどんよりと曇ってしまい、吹く風も冷たくなっていた。
「ふう、寒かった。……ミチア、大丈夫かい?」
コートを脱ぎながらアキラはミチアを気遣った。
「はい、あなた」
ミチアの方がアキラよりも幾分寒さに強いようである。
「これで今年の視察も終わりか」
「そうですね」
アキラとミチアの今年の領内視察はこれで終わりである。雪が積もってしまったら回れなくなるからだ。
また、あと3週間ほどで年が改まるからでもある。
夕食の席で、アキラたちは1年を振り返っていた。
まだ年越しには早いが、『視察』が終わったことにより、気持ちに区切りがついたからである。
「今年もいろいろあったが、なんとか無事に年を越せそうだ」
「お疲れ様でした」
「ハルトヴィヒもリーゼロッテも、1年ありがとう」
「よしてくれよ」
「そうよ。私たちはアキラの家臣なんだから」
そして『絹屋敷』の夜は更けていき……。
「あ、また雪が降ってきた」
「今度は根雪になるかしらね?」
「なんとか視察には間にあったな」
「ハルトが補強してくれたから、かなり安心できるな」
「予算があったら、窓も二重窓にしたかったんだがな」
「ああ、断熱性がいいのよね?」
「そうそう」
アキラとその仲間たちは、この冬も乗り越えていけるだろう。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月25日(土)10:00の予定です。
20210918 修正
(誤)昼閒は晴れていたのに午後になって雲が出始め
(正)昼間は晴れていたのに午後になって雲が出始め
(誤)「なんとか視察には間になったな」
(正)「なんとか視察には間にあったな」




