第二十八話 木工
ド・ラマーク領の冬支度は順調に進んでいる。
あとは……。
「『絹屋敷』の補修が一番最後になったな……」
屋根に上って雨漏りする箇所を修理しているのはハルトヴィヒだ。
彼はここ半月、周囲の村を回って建物の補修の指導をしていたのである。
「木造だからな、どうにでもなる」
王都と違って木造家屋なので修理は楽だ。
材料である木材は周りの山から切り出し、製材したものが相当数保存してある。
ところで、木材は切り出してすぐには使えない。含まれる水分量が多すぎるからである。
もしもそのまま使用すると、乾燥するにつれ収縮するため寸法に狂いが生じる。その収縮も一定ではないため、形状にも狂いが生じる。
結果、当初の機能を果たせないものになってしまうのである。
また、カビが生えることもあって衛生上もよろしくない。
なので、木材として使うために伐採するのは、木の水分量が少なくなる冬季に行うのが望ましい。
しかしこの地方では、真冬は雪と寒さで山仕事はできないため、次善の季節として秋に行うことになる。
今年も30本ほどの丸太が村外れに横たわっていた。
そうやって、伐採した木は一箇所に集めて春まで寝かせておく。そうすると樹皮が剥がれやすくなっているからだ。
樹皮を剥がした丸太は、太さに応じて半割り〜4ツ割りにされ、さらに乾燥させられる。
そして夏が過ぎた頃、板や柱に製材され、また乾燥。
この間、雨ざらしにされることで灰汁が抜け、材質が向上するといわれている。
その際、材木は水平に置かれることが多いが、雨水が溜まらないように少しだけ斜めに置かれることになる。
こうして、水分の含有率が20パーセントくらいまで減らされたものが材木として使用されることになる。
これらは経験則で行われており、山とともに暮らす地方ではどこも同じような手順で材木を作っていた。
閑話休題。
ド・ラマーク領では、アキラが来る前から、冬季の手仕事として木製品を作っていたのだが、それは全て家庭用であり、到底売り物にできるレベルではなかった。
「うーん、木工も振興すればいい収入源になりそうだ」
屋根の上でハルトヴィヒがゴトゴトガンガンやっているその真下の執務室で、アキラは領主補佐のアルフレッド・モンタンと話し合っていた。
「そうですね、よろしいかと存じます。ですが、問題は『何』を『どうやって』作るか、ですが」
「まず今年は『知育玩具』としての積み木だな」
教育の一環として識字率の向上を考えているアキラなので、まずは手近なところからはじめようというわけだ。
「この前からお考えになっていたあれですな。いいのではないでしょうか」
「それから、木の器だ」
「器、ですか?」
「そうだ」
アキラが王都で見聞きした限りでは、この世界にまだ『木工旋盤』は存在していない。
器は陶器、もしくは金属製であり、職人が1つ1つ作り上げたものであった。
そしてどちらも『重い』。
手で持って扱うには不向きな重さなのだ。
それゆえに、地球では西洋の食器は重いために手で持って食べる習慣が根付かなかったのではないか、という説もあるくらいだ。
一方、木製の器を使っていた日本では(飯碗も庶民は木製だったようだ)器を手で持って食べる文化が発達したのではないかというわけである。
もっとも、床に座って食べる日本と、テーブルに着いて食べる西洋の違いも関与している……ようではある。
それはともかく、使いやすい木の器を作ったらどうか、というのがアキラの考えであった。
そこで木工旋盤である。
ワーク(加工されるもの)を回転させ、そこに刃物を当てて削ることで、『回転体』が出来上がる。
身近なところではお椀やお皿、コップなどだ。
アキラはそれを特産にしたいと考えているのである。
そして、地球の西洋史では17世紀頃に登場する木工旋盤。
まだこの世界では登場していないのだった。
「仕組み自体は難しくないので、ハルトヴィヒに作ってもらえると思う。問題は塗料だ」
今のところ、銅線の絶縁被覆を作るための塗料である『カッスの実』から作った塗料が最有力候補である。
塗ると飴色の塗膜ができ、水にも強くなるのでなかなか使えそうだが、これは南方からの輸入品なので非常に高価なのだ。
「漆が採れるといいんだが……」
これも以前ミチアに聞いた『ラック』という木の樹液が漆に似ているような気がしている。
「これは来年の課題だな」
冬季には、樹液が出なくなるため、漆の採取は春から秋までなのだ。
「今年は『カッス塗料』で試作してみるだけだな」
「そうですね、アキラ様。あまりいっぺんにいろいろなことをやろうとしてもやりきれるものではございません」
「それもそうだ。こちらは来年以降だな」
アルフレッド・モンタンにも言われたアキラは、ちょっと焦っていたな、と反省した。
「それでもアキラ様はさまざまな特産品を生み出そうとお考えで、敬服いたします」
アルフレッド・モンタンは軽く頭を下げた。
「え?」
「私が代官をしていた時は、現状維持が精一杯で、どうしても領地を豊かにすることはできませんでした。それをアキラ様は数年で成し遂げてしまわれた」
「いやあ、それはたまたま俺が知っていたから……かな」
「いえいえ、『異邦人』という方々がこの世界に福音をもたらす、という伝説が真実だったことを知りましたよ」
「う、うん」
モンタンに持ち上げられたアキラは少々くすぐったい思いで、苦笑を浮かべたのである。
* * *
そこへ、ハルトヴィヒがやって来て報告する。
「アキラ、屋根は直ったぞ」
「お、ありがとう。まあ座ってお茶を飲んでくれ。干しぶどうもあるぞ」
アキラはハルトヴィヒを労い、お茶と干しぶどうを勧めた。
「お、いいな」
ハルトヴィヒは椅子に座り、お茶を一口飲んでから干しぶどうに手を付けた。
この干しぶどうは『ヤマブドウ』を採集して乾燥させたもので、これもド・ラマーク領の特産品にしたいとアキラは考えていたりする。
ワイン用のぶどうと違い、ヤマブドウは干しぶどうにした後でも酸味が強く、後口がさっぱりするのである。
もっとも、今のところはヤマブドウの木を栽培し始めたばかりなので、産業として成り立つとしても数年後であろう。
「何の話をしていたんだい?」
「うん、『木工旋盤』とそれを使った特産品についてだな」
「木工旋盤? 前に言っていたあれか。いよいよ作るのかい?」
歯車を作った際、また雑談などで、アキラは幾度もその存在をハルトヴィヒに話をしていたのだった。
「うん。冬の間に目鼻を付けたいから、1台ほしいな」
「よしきた。任せてくれ」
「いろいろ頼んでしまって悪いな」
「何の。これが僕の役割だからね。それにそれで作られるものに興味があるんだ」
「それじゃあ、頼むよ。急がないでいいからな」
「わかった」
こうして、ハルトヴィヒ主導でこの世界に『木工旋盤』が産声をあげることになる……。
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次回更新は8月28日(土)10:00の予定です。




