第二十話 報告会 壱
アキラたちが『蔦屋敷』に泊まった翌日、朝食後に『報告会』が始まった。
出席者はフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵、家宰セヴラン、ド・ラマーク領領主アキラ・ムラタ、技師ハルトヴィヒ、薬師リーゼロッテ、経理シェリー。
それに加え、今回はフィルマン前侯爵の息子である、現リオン地方領主のレオナール・マレク・ド・ルミエ侯爵も出席していた。
「それでは、報告会を始めよう。……身内の集まりだと思って、あまり緊張しないでくれ」
……と前侯爵が言うが、アキラやハルトヴィヒはともかく、シェリーはガチガチに緊張していた。
それを見て取った前侯爵は、まずはアキラに声を掛ける。
「では、まずアキラ殿、大要の説明を頼む」
「はい」
アキラは頷き、用意した資料を配った。
「お手元の資料をご覧ください。今現在確定した技術・産物をまとめてあります」
「ふむ。……そろそろ成果が出てきた、ということだな」
「はい」
箇条書きに書かれたそれは、わかりやすくまとめられていた。
* 今年度の繭の生産量は最終的に4万粒に少し欠けるくらい。
* 種籾の塩水選別は有効。痩せた籾をはねることができる。
* 寒冷地に適応した稲の選別はまずまず順調。
* 『わさび田』の造成と移植は完了。来春には少量だが出荷可能。
* 『甜菜』の栽培は順調。設備が必要になるが来年から甜菜糖の製造開始。
* 『い草』の栽培開始。敷物や工芸品への加工開始。
* キハダを原料とした胃腸薬の開発の成功。
* 健康茶として『よもぎ』の加工法樹立。
* 土壌改良法として骨粉と草木灰は有効。
* 藍染めの手法、確立。耐候性の高い『青』を染めることができる。
* 『ぬか袋』の有効性が証明された。
* 『太陽熱温水タンク』はやや微妙。摂氏50度程度のお湯を作れるが、量が少ないのが欠点。
* 『保存庫』の開発。
* 舗装は『マカダム舗装』が最もコストパフォーマンスがよい。
また、今後の予定として、
* 『栗の木』『クルミの木』の植栽。
* 土地を豊かにするため、クローバー類の栽培を試す。
* ミツバチの飼育、すなわち養蜂。
が挙げられている。
「ふむ、盛り沢山だな。さすがアキラ殿」
「いえ、これまでの積み重ねがここへ来てようやく形になってきたということです」
「うむ。苦労は承知しておる。ご苦労だった」
「はっ」
* * *
そして、個別の説明が開始される。
アキラはまず、養蚕について報告を行う。
「繭が目標値に届かなかったのは、北の地は桑の生育がやや悪く、桑の葉が必要量確保できなかったためです」
「ふむ、そうか。対策は?」
「比較的暖かな南斜面に桑畑を増やしました。再来年くらいから収穫できるようになるでしょう」
「なるほどな。従来の桑畑も来年は成長するだろうから、来年は5万粒……いけるか?」
「大丈夫だと思います」
「よろしい。……こちらも、桑の葉の余剰が少しできてきたところだ。申し出てくれれば少しなら援助できるぞ」
「ありがとうございます」
次いで稲作について、である。これもアキラが担当。
「稲作も順調と言えます。まだ規模はごく小さいのですが、『塩水選別』によって、優良な籾を選別でき、それを使うことで作柄もよくなりました」
「ほう。具体的な数字は?」
「はい。塩水の濃度は、生卵が少し浮くくらいに設定しますが、およそ比重で1.13となります」
この塩水選別。もしくは塩水選により、中身の詰まった、優良な種籾を選別できるため、収穫量が向上するのである。
「そうした種籾を栽培し、寒さに強いものを選んで、そこから採れた種籾を選別し、また寒さに強いものを……として今年で3年目。かなり寒さに強く、収穫時期が早い品種を見つけることができました」
「それはよい。麦だけに頼り切るのは危ないからな」
病気が流行って麦が全滅したとしても、米があればなんとか食べていける。
これに加え、芋類の栽培も始まれば、さらなる食糧事情の改善が望めるというわけである。
わさび田の報告もアキラが行う。
「山の東斜面に『わさび田』を作ってみました。今のところ生育は順調です」
ワサビは香辛料なので、少量でも利益が上がる。
ただ、使い所が限られてくるので、レシピとともに販売したい、とアキラは説明を行ったのである。
そして『甜菜』。
北の地で砂糖を生産できるというすぐれもの。
「こちらは、種の確保ができましたので、来年春に種まきをし、11月ころには収穫できるかと思います」
「ふむ。そして冬の間に砂糖を生産するわけだな」
「はい」
「それは楽しみだな」
アキラの担当する報告の最後は『い草』。
「こちらも、来年から栽培を始めます。夏の終り頃に収穫し、冬にそれを使った製品を作る予定です」
「ふむ、農閑期の仕事ができたことで収入も増えそうだな」
「はい。次男三男の仕事もできますから、当分ド・ラマーク領は発展していくと思います」
「それは朗報だな」
「うむ、まったくだ。アキラ殿、感謝する」
フィルマン前侯爵だけでなく、その息子で現領主のレオナール・マレク・ド・ルミエ侯爵もアキラの功績を認めてくれたのであった。
* * *
アキラの次はリーゼロッテが報告を行うことになる。
「まずは薬です。アキラ様からいただいた情報により、『キハダ』という木の皮から胃腸薬が作れることがわかりました。キハダは、これまで民間薬としてごく一部の人たちが、お腹が痛い時に木の皮をなめる、というような使い方をしておりまして、その有効性は確かです」
「ふむ」
「丸薬にしましたので飲みやすく、また携行にも便利かと思います」
「なるほどな」
「水中りにも効くと思いますので、長期旅行には有用かと思います」
「確かにな。軍の遠征などでも使えるだろう」
前侯爵、現侯爵共に、その有益性を認めてくれたのだった。
「次は……」
リーゼロッテの報告はまだまだ続く。
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次回更新は7月3日(土)10:00の予定です。




