第十四話 努力の結果
「順調だな」
蚕の繭を前に、アキラは笑顔を見せた。
7月頃に育つ蚕である『夏蚕』の繭が9952粒収穫されたのである。
「だいたい予定どおりだ」
1サイクルあたりの目標は1万粒、それを年4回で4万粒、が今年の目標である。
これは餌となる桑の葉による制限なので、木が成長する来年はこの倍くらいは生産できるだろうと思われた。
「前侯爵の方も順調のようだし」
そちらでは既に1サイクルあたり3万粒の収穫を達成していた。1年で12万粒である。
この世界に迷い込んだアキラが初めて手掛けた養蚕。
絹産業は着実に根付き始めていた。
夏が来て、アキラの心労も大分軽減されてきたようだ。
予算を確保できたので街道工事も順調に進んでいるし、『い草』の栽培に使えそうな湿地も幾つか見つかっている。
『ワサビ田』にするための斜面と沢も見つかった。
砂糖を取るための『甜菜』の栽培も、各家で進められている。
『クローバー』の種も大量に採取できた。
骨粉の生産も増え始めている。
「あとは……エネルギー問題だな」
特に、冬場の『お湯』確保、その手段として『温泉』を見つけたいアキラなのである。
「温泉がだめなら『太陽熱温水器』だな……」
ハルトヴィヒにより、『太陽熱温水器』ならぬ『太陽熱温水タンク』の改良型は試験運用に入っている。
夏なので、12リットルの水が3時間で風呂並みの温度になった。
太陽光の強い午前9時から午後3時までということで1日2回、水をお湯にすることができるわけだ。
「ちょっと微妙だけどな」
そう言って済まなそうに言うハルトヴィヒを、アキラはそんなことはない、と褒めた。
「間違いなく、燃料の節約になっているよ」
『魔法瓶』と組み合わせることで、お湯の保存もでき、薪代を節約できているのは間違いない。
「だけど、冬になったら多分1日1回しかお湯を作れないだろう」
「それはしょうがないな。だけどそれでも薪代の節約になるんだからいいさ」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
結局のところ、太陽から地表に降り注ぐ熱量以上のことはできないわけである。
地球の場合、正午に、平地1平方メートルの面積に降り注ぐ太陽光の熱量は1キロワット程度と言われる。
アキラの体感的には、この世界も地球と同程度。
あとはいかに効率よく熱量を受け取り、利用するか、ということになる。
これは引き続きハルトヴィヒに頼むことになった。
「それでだな、アキラ。1つ思いついたことがあるんだ」
「何だい?」
「黒く塗った細くて長いパイプの中に水を通せば、お湯になって出てくるんじゃないかな?」
要するに、太陽光を受ける面積、そして水と接触する面積を増やせばいい、という発想である。
「お、なるほど……待てよ?」
そういう太陽熱温水器を、アキラは見たことがあったのだ。
そこで『携通』を起動し、検索すると、1つだけ見つかった。
それは細い銅パイプに水を通し、対流で水を循環させつつお湯を作るというものであった。
「ははあ、なるほど。……これはいいな。僕の構想に近いよ」
ハルトヴィヒはその写真と図解を見て、すぐに原理を理解した。
「冷たい水は下に下り、温められた水が上に行くわけだ。動力はなにもいらない。よくできているなあ」
この線で試作をしてみるとハルトヴィヒは言い、張り切って戻っていった。
「頑張ってくれているなあ」
友人とはいえ、薄給でいろいろ尽力してくれているハルトヴィヒ・リーゼロッテ夫妻には頭が上がらないな、とアキラは思っていた。
そして、そのリーゼロッテがやって来た。
「アキラ、いい薬ができたわよ!」
「お、この前から研究していたやつだな」
「そう。『キハダ』って言ってたわね」
これもまた、『携通』からの情報で、『魔法薬師』であるリーゼロッテが研究してくれていたのだ。
『キハダ』は山に生える高木で、ミカン科に属する。
その名は『黄肌』で、樹皮を剥ぐと黄色いところからその名が付いたと言われる。
日本では『陀羅尼助』と呼ばれる修験者の妙薬の主成分がこれである。
胃炎、口内炎、急性腸炎、腹痛、下痢に効くということで、リーゼロッテが薬として製品化するための研究をしていたのだ。
「乾燥して粉末にするまではうまくいったんだけど、丸薬にするのに手間取ったわ」
粉薬は飲みにくいので敬遠されがち。特に子供は嫌がる傾向にある。
「なのでハチミツとデンプンを混ぜて練ってみたわ」
「おお」
実はその方法は、漢方で丸薬を作る際の手法の1つである。
それをリーゼロッテは自分で見出し、実用化したのであった。
「ハチミツは貴重だけど、少ししか使わないしね」
「いや、助かるよ」
水あたりする者も多いこの世界では胃腸薬の出番は多いので、医者がいないド・ラマーク領としては『魔法薬師』のリーゼロッテがいてくれて大いに助かっているのだった。
「うまくすれば、これもうちの特産品にできるかもな」
「あ、そうね」
また1つ、未来への希望が見えた、とアキラは嬉しくなったのである。
そしてもう1つ、嬉しいことがあった。
「ダンカン、どんな具合だい?」
「あ、アキラ様、できましたよ」
「おお!」
ダンカンに蚕室の1つを改造してもらっていたのだが、それが完成したのである。
「うん、間違いなく『突き上げ屋根』だ」
春には4棟しかなかった蚕室が、今では10棟。
それらのうち古い蚕室は風通しが悪く、夏場の高湿が心配だったのである。
温度と湿度が高いと、蚕は病気になりやすいからだ。
それで『突き上げ屋根』という建築様式が生まれた。
山梨県で多く見られた様式であり、屋根裏で飼っていた蚕のため、屋根を突き抜いてもう1つ小さな屋根を付けたのである。
これにより風通しがよくなり、夏場の高温多湿によるカビの発生や病気の蔓延を予防したのである。
新しい蚕室はそうした配慮がなされており、天窓があったり窓面積を多くとったりしていた。
が、古い蚕室4棟のうち2棟は特に風通しが悪く、アキラはダンカンに改造を依頼していたのであった。
「もう1棟もこの調子で頼む」
「わかりました」
アキラのこれまでの苦労があちこちで実を結び始めていた。
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