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影武者殺し~僕の名を騙る影武者ども、一人残らず討伐します  作者: 真柴 石蕗
第1章 影武者殺しの旅へ
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第8話 襲撃者たち


 一人、二人……数える暇すらなかった。

 黒い影たちが、草むらを裂きながら一斉にこちらへ飛び込んできた。



「後ろへ跳べ! ネイサン!」



 鋭い叫びが鼓膜を撃ち抜く。

 半ば反射的に、僕の足は地面を蹴って後方へ跳んでいた。

 

 直後、金属同士が衝突する甲高い音が空気を震わせる。

 アドルフの長剣が、襲撃者の刃を真正面から受け止めていた。


 彼の剣は体長の半分ほどもあるのに、木枝のように軽々と振るわれている。

 刃を交える度に閃光が走り、剣圧が枝葉を散らす。

 アドルフの圧倒的な実力を前に、襲撃者の影は弾けるように周囲へ散った。


 頭からすっぽりとフードを被り、全身を覆う黒装束。

 まるで、闇の中から抜け出たような格好をしている。


 彼らはアドルフの前を縦横無尽に動き回り、その動きの素早さは言葉通り影のようだ。



「ア……アドルフさん!」


「逃げろ、ネイサン! 来た道を引き返せ!」



 アドルフが吠えるように叫んだ。

 その声をかき消しながら、さらに激しい鍔迫(つばぜ)り合いの音が続く。


 思い切り手を伸ばせば届きそうなほどの距離で、三人の襲撃者が一人の軍人を包囲し、猛禽のように連続して襲いかかっていた。

 対してアドルフは剣一本で、彼らの斬撃をいとも容易く受け止め、時に弾き返し、時に払い落としていく。


 進路は細い一本道だ。

 左右は木々や草むらが生い茂り、せいぜい獣が通るほどの隙間しかない。

 前方へ進めないのは、火を見るよりも明らか。


 つまり、逃げ道は一つ。後方のみ。



 仲間を見捨てるなんて――。

 唇を噛みしめた瞬間、アドルフの言葉が脳裏をよぎる。



『身の危険を感じたら、お前がすべきことは二つのうちいずれか一つだ――逃げるか、戦うか。戦う選択をするのなら、相手への攻撃に躊躇するな。逃げるなら、途中で引き返すなんて馬鹿な真似は絶対にするな』



 後者の選択をせざるを得ない自分が、無性に腹立たしい。

 同時に、今の自分では加勢が邪魔にしかならないという現実も突きつけられる。



 魔法魔術の鍛錬は積んだ。

 けれど、人族への使用には厳しい制限がある。

 アドルフが対峙している襲撃者たちからは、魔力の気配がまったく感じられなかった。


 相手が魔力を持つかそうでないか、術者は本能に近い感覚で瞬時に判断できる。

 魔力を持たぬ者に、魔術は使えない。



 今の僕は――武術の訓練をまともに受けたこともない僕は、軍人の相棒にとってかえって足手まといだ。



 握りしめた拳が震える。



 今は逃げるしかない。

 それが、この現状を打破するための正しい選択だ。



 胸の中で「ごめんなさい」と呟き、進路と逆方向へ駆け出した。

 背後で響くアドルフの雄叫びと金属音が、次第に遠ざかっていく。



 振り返るな。走れ。走れ――。



 

 地面を蹴り、風を切り裂き、ただひたすらに逃げ続けた。




 ◇◇◇




 どのくらい走っただろう。

 肺が焼けるように痛み、ようやく足を止めて両膝に手をついた。



 ――何か、違和感がある。



 周囲に敵の影がないことを確認し、息を整える。

 魚の小骨が喉に残っているような、奇妙なもどかしさを感じた。


 黒フードの襲撃者たちからは、たしかに魔力の類いは感じ取られなかった。

 アドルフは、父上も太鼓判を押すほどの優れた武人だ。

 人族相手の接近戦なら、彼の右に出る者などきっといないだろう。


 むしろ今頃、気絶させた()()の襲撃者たちを木の根元に転がしているかもしれない。



「……あれ? 三人?」



 ふと、脳裏に引っかかる。



 そうだ。さっきの会話――。

 記憶を必死にたぐり寄せる。頭を押さえ、両目をきつく瞑る。



『ふん……ようやくお出ましか』


『え?』


『一人、二人……()()か。気配消しのつもりか知らんが、まだまだ甘いな』



 ――四人!



 全身を電流が走るような感覚に襲われた。

 両足が勝手に動き出し、くるりと回れ右をする。



 軍事の厳しい訓練を受け、折り紙付きの実力を有するあのアドルフだ。

 襲撃者の存在を見落とすなんて、初歩的なミスを犯すはずがない。

 彼が確信をもって「四人」と言ったのなら、敵は間違いなく四人なのだ。


 けれど、あのとき僕たちの前に現れた影はたしかに三人だった。



 それなら、()()()()はどこにいる?



「急がなきゃ……早く、早く戻らなきゃ!」



 足元に散乱する小石を蹴り飛ばし、鬱蒼とした森の中をひた走る。



 途中で引き返すなんて馬鹿な真似はするな――。



 相棒から釘を刺された記憶は、そのときは完全に頭の中から抜け落ちていた。

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