第7話 魔術のレクチャー
「ア、アドルフさん……ちょ、ちょっと待ってくださいってば!」
息も絶え絶えに、声を絞り出す。
先を行く屈強な男は、ようやくこちらの悲鳴じみた呼びかけに応えて足を止めてくれた。
「おいおい、そんなペースじゃ森を抜ける前に日が暮れちまうぞ」
やっとのこと追いついたところで、足がもつれて地面に尻もちをつく。
情けないが、もう仕方ない。
肩で息をしていると、アドルフが呆れたように、それでもどこか優しげにしゃがみ込んだ。
「魔法使いなら、ほうきで空をひとっ飛びするほうが楽か」
真顔で尋ねる軍人に、息を整えながらゆるりと首を横に振る。
「今時の魔法使いや魔術師は、ほうきで空なんか飛びませんよ。ほうきを使った飛行魔術は、魔力を大量に消費するから非効率なんです。なので、かなり昔に廃れました」
「なんだ、夢がねぇな。じゃあ、ほうきで空を飛ぶ魔法使いは、今やおとぎ話の中だけの存在ってわけか」
「まあ、そうですね。おまけに言うと、飛行魔術の習得には長い時間がかかるんです。空を飛んでの長距離移動や国境越えを一瞬でやってのける使い手なんて、ほんの一握りですよ」
「んじゃ、その一握り以外はどうしてんだよ」
「飛行魔術は杖を使いますが、ある場所から別の場所への限定的な移動には、専用の魔道具を使います。説明すれば長くなりますが……」
「あー、わかったわかった。魔法のレクチャーはまた今度受けることにするよ」
アドルフは片手をヒラヒラ振り、強引に話を打ち切った。
本来、魔力のない者に魔法や魔術の内部事情なんて軽々しく話すべきじゃない。
今の説明だって、できれば一晩寝て忘れてほしいくらいだ。
「さて。休憩も終わりだ。さっきも言ったが、この森はできるだけ早く抜けるぞ」
すくっと立ち上がる軍人に倣い、悲鳴を上げる足をなんとか持ち上げ――
その瞬間だった。
背筋を悪寒が走る。
殺気めいた気配が、全身を針のように突き刺した。
気づけばアドルフが、僕の前に立つようにして剣を抜き、胸の前で斜めに構えている。
彼の背中越しに感じる剣呑な気配。
森の奥に潜む何かへ向けて、鋭く張りつめている。
「ふん……ようやくお出ましか」
「え?」
「一人、二人……四人か。気配消しのつもりか知らんが、まだまだ甘いな」
「あの、アドルフさん」
軍人はちらりと肩越しにこちらを見る。
その手に握られた長剣の切っ先が、木漏れ日を弾いて鈍く光った。
「ネイサン。一つだけ言っとく」
「は、はい?」
「これからは、自分に害を加えてくる連中に一切の同情も哀れみも持つな。そいつらは全員、お前の敵になる。少しの油断、一瞬の迷いが命取りになる」
「それって……つまり」
「身の危険を感じたら、お前がすべきことは二つに一つだ――逃げるか、戦うか。戦う選択をするなら、相手への攻撃に躊躇するな。逃げるなら、途中で引き返すなんて馬鹿な真似は絶対にするな」
冷静な声でそう告げると、アドルフはゆっくりと前方へ視線を戻す。
返事をするより早く、ガサリ、と草むらが揺れ、人影が跳ねるように飛び出した。




