第6話 怪しい森
ウーラ村を抜けてしばらく進むと、こんもりとした小さな森が広がっていた。
地図には「ソアラの森」と、走り書きのようなメモが残されている。
昔は名もなき森として、地図にすら載っていなかったのかもしれない。
森の中へ続く道は、粗雑ではあるが人の手で整えられた跡が残っていた。
道の脇に、木材で作られた看板が風に煽られて傾きながら刺さっている。
「『この先、野生動物の棲家あり』……って書かれていますね。森なんだから動物くらいいるでしょうけど、わざわざ看板まで立てるほどでしょうか」
アドルフさんはどう思いますか――そう尋ねようと顔を上げた瞬間、軍人の青年は森の中へ鋭い視線を向けていた。
「この森、あまり長居しないほうが良さそうだな」
「え? まあ、寄り道するような場所じゃないですけど」
「そういう意味じゃない」
ぴしゃりと言い返され、口をつぐむ。
何をそこまで警戒しているのだろう?
森へ意識を集中させるが、魔物や魔獣の類いが発する特有の気配は感じ取れない。
「アドルフさん。この森、特別な魔力は感じませんよ。魔法生物はいないと思います」
「たしかにな。だが、それより厄介な連中が潜んでいるかもしれん」
アドルフの手が、腰に差した剣の柄を握る。
その目に、戦闘前の軍人らしい鋭い光が宿った。
「なあ。魔法ってのは、城の外でも好きに使っていいもんなのか?」
「それは……時と場合ですね。そもそも魔力を持たない人族には、最低限の術しか使えないよう制限がかけられていますから」
マントの内側から杖を取り出す。
七歳の誕生日に、シュティルナー師匠から贈られたものだ。
サラマンダーの皮とフレアシダーの木、そしてニカ花をかけ合わせた、火の属性魔法と高い親和性を持つ杖。
熟練の杖職人が精魂を込めて生み出した、この世に一つしかない僕専用の魔道具だ。
「特に、僕の火の属性魔法は、攻撃力が高く扱いも難しいらしくて。ですから父上とシュティルナー師匠が、いろいろ制限をつけているんです」
「ふうん……使えるのか使えないのか、よく分からんな。まあいい。万が一の時は、自分の身くらい守れるようにしておけ」
「万が一、って」
「俺も不死身じゃない。息の根を止められたら、お前の護衛はそこで終わりだ」
にやり、と不敵に笑ってみせるアドルフ。
冗談でしょう、と返すより先に、彼はさっと森のほうへ一歩踏み出す。
その鍛え上げられた大きな背中を、慌てて追いかけた。
森の道は、いつが最後の整備だったのか分からないほどデコボコしていて、形大きさの不ぞろいな石が足元に点々と散らばっている。
難路とまでは言わないが、街道のようにはいかず、歩き慣れない足がもつれそうになる。
対してアドルフは、一定のリズムで軽々と先へ進む。
足元なんて見もしないのに、石ひとつ踏まずにスルリと避けながら。
まるで街中を散歩しているかのような、軽やかな足取りだ。
これが、日々身体を鍛えている者と、そうでない者の差か。
アドルフの背中は、気づけば木々に紛れるほど遠くなっていた。
このままじゃ、完全に置いていかれる。
歩調を早めながらも、呼吸はじわりじわりと苦しくなり始めていた。




