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影武者殺しⅠ―魔法使いと「影」の討伐―  作者: 真柴 石蕗
第1章 影武者殺しの旅へ
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第5話 ウーラ村


 早朝にヴァルノーヴァを出発し、昼過ぎには隣村のウーラに到着した。

 

 ウーラは、エルディア城の敷地とその周辺を合わせた程度の、小さな村だ。

 宿は老夫婦が経営する一軒のみで、旅人が訪れるのは年に数えるほどらしい。

 それでも、酒場がいくつか点在していて、昼食には困らなかった。



「珍しいわあ、旅の方が二人もこの村に来るなんて」



 注文を取りに来た赤毛の少女が、好奇心に満ちた眼差しを向ける。

 見たところ、年齢は自分とさほど変わらなさそうだ。



「私、生まれてから一度も村を出たことがないのよ。ねえ、旅っておもしろい?」


「えっと……僕たち、まだ旅を始めたばかりなんです」


「あら、そうなの。じゃあ旅の土産話なんてまだ無いのね」



 少女は肩を落とし、すたすたと席を離れた。

 がっかりさせてしまったようだが、残念ながら即興の法螺話をできるほど器用ではない。



「この酒場じゃ、大した情報は期待できないな」



 グラスの水をあおりながら、アドルフが視線だけで店内を探る。

 料理の皿を囲む客が数人いるほかは、カウンターで調理に励む中年の男が一人。

 のんびりと作業する姿は、"情報通"という雰囲気ではない。



「影武者たちは、各国に潜んで王位の座を狙わんとしている……と父上から聞いています。言い方は悪いですが、こんな小さな村で情報が得られるとは思えません」


「そもそも姿形を変えているだろうしな。唯一の手がかりといえば――」



 アドルフは、マントで覆われた僕の胸元を指さした。

 エルディア帝国の紋章――ルミナ神の顔が刻まれたボタンが留められている。

 帝国を統べる一族だけが持つことを許された、権威の象徴だ。



「影武者たちも、このボタンを身に付けているはずです。堂々と見せびらかす物でもないので、隠し持つといったほうが正しいでしょうが」


「だからって、同年代の子どもを片っ端から捕まえて尋ねるわけにもいかん。すぐ噂になって、お忍びの旅どころではなくなる」


「……あなたたち、さっきから何をコソコソ話してるの?」



 先ほどの少女が、湯気の立つ皿を両手に持ってテーブルに現れた。



「お待たせしました。エルダン・スープよ」



 深皿の中には、白濁のスープが並々と注がれていた。

 名前もわからない肉と根菜が、スープの水面から顔をのぞかせている。

 赤い香辛料がちらほら浮かび、スパイシーな香りが食欲をかき立てた。



「馬肉と根菜をたっぷり使った、ウーラ村伝統のスープよ。香辛料はリュカンの粉を使っているの」



 スプーンでひと口啜ると、ぴりっとした感覚が舌を走った。

 その辛さが引き金となり、あれよあれよと食を進めてくれる。



「ねえねえ、そういえば」



  少女が突然、声を潜め身を乗り出してきた。



「ちょっと変な話なんだけど、隣村で変な旅人を見たって噂があるの。貴族か皇族みたいな立派な服を着てて……」


「皇族?」



  僕は思わず聞き返していた。少女は興味津々という顔で続ける。



「その人、村の酒場で大暴れして追い出されたんですって。『俺は次期皇帝だ!』って叫びながら、料理代も払わずに逃げたとか」



 アドルフと顔を見合わせる。二人とも、スプーンを動かす手が宙で止まった。



「それは、いつ頃の話だ?」


「うーん、半月くらい前かしら? 村の行商人から聞いたから、もっと前かも」


「……そうか」



 アドルフは短く応えると、再びスープに視線を戻した。

 僕も黙って食事を再開するが、さっきまでの美味しさが少し遠のいた気がする。

 それでも、最後はスープの一滴まできれいに皿の中身を平らげた。



「二人とも、いい食べっぷりだわね」



 満足そうな笑みを浮かべる少女に、アドルフは「美味かったよ」と口元を拭う。



「ウーラの野菜は、自然の恵みをたっぷり吸ってるからね。馬は、ほら。あの店主のおじさんが育てているのよ」



 少女が指さしたカウンターへ向かい、「店主のおじさん」に一カイン札を二枚手渡す。

 男は目を丸くしてから、僕の手をそっと押し戻そうとした。



「お客さん、あの料理はこんなお高くありません。一カイン札一枚で充分です」


「ほんの気持ちです。どうか受け取ってください」



 店主は少し驚きながらも、深々と頭を下げて札を受け取った。

 酒場を出て少し歩いたところで、アドルフが呆れ声を漏らす。



「あんな金の使い方をしていたら、あっという間に所持金が底を尽きるぞ。今までの金銭感覚なら改めたほうがいい」


「ごめんなさい。美味しかったから、つい」



 軍人の相棒は短い茶髪をかき上げ、「これだから、お人好しのお坊ちゃんは」と小声でぼやく。

 僕は苦笑しながら、さっきの少女の話を思い返していた。



『俺は次期皇帝だ――』

 


 影武者の一人が、半月前に隣村にいた。

 けれど、もうそこにはいない。どこへ向かったかも分からないのだ。


 見えない敵を追う旅は、思っていた以上に果てしないのかもしれない。


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― 新着の感想 ―
ファンタジーを時代小説的な文脈で書いており、文章力は申し分ないと思います。面白いです。 なろう小説としては、序盤は一話あたりもう少し文字数増やしてもいいと思いました。
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