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影武者殺しⅠ―魔法使いと「影」の討伐―  作者: 真柴 石蕗
第3章 タリアへの道
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第51話 餞別


 キースの叫び声は、ここが街中だったら道行く人の目を一気に集めるほどの声量だった。



「あんたら……今、タリアに行くって言ったか?」


「ええ。そのつもりですけど」


「悪いことは言わん。あそこへ行くのは止めとけ、死にたくなければな」



 片手を大きく横に振る魔法使い。

 僕たち三人は互いに顔を見合わせる。問い返したのはアドルフだった。



「それは、どういう意味だ?」


「言葉のままさ。あそこは他国の法や常識なんて概念のない、無法地帯だ。魔法使いが一歩でも踏み入ってみろ。すぐに魔女狩りの的にされて、即、火炙りだ」



 魔女狩り。

 現代では()()()、完全に廃止したとされる古来の伝統儀式。


 魔力を持つ者を「魔女」と見なし、不当な裁判にかけ、拷問する。

 挙句、何の罪もない者たちが「魔女だから」と理不尽な理由で処刑されてきた。



『魔法史における最大の汚点……それが、魔女狩りじゃ。ネイサン、忘れるでないぞ。魔法魔術使いにとって、魔女狩りは過去ではなく()()じゃということを』



 忌々しげに語る師匠の顔を思い出しながら、キースに尋ねる。

 


「タリアでは、魔女狩りが行われているんですか?」



 僕の言葉に頷く代わり、金髪の魔法使いは盛大に顔を歪ませた。



「タリアでは、ソル神が国の中で最も強い力を持つ。ソル神を凌駕する力のある者は、悪魔の血が流れた魔女と見なされるんだ。悪魔は当然、処刑される。タリアの中では常識だ」


「でも……キースさんは、タリアから脱出できたんですよね?」


「そうだな――」


 

 金髪の魔法使いは、ふと虚空を見上げる。



()()、運が良かったのさ」



 呟いた声は、ほんの少し震えていた。

 今にも流れ落ちそうな涙を、懸命に堪えているみたいに。




 ◇◇◇




 しばらくの沈黙の後、植物学者がそっと口を開いた。



「もしかして……あなたにも、旅の仲間が?」



 魔法使いの男は、すんと鼻を鳴らす。

 緩慢(かんまん)な動きで顔を前方に戻すと、



「そうさ。俺にもいたんだよ、タリアまで一緒に向かった魔法使いの仲間が」



 歪んだ笑みが、縮れた金髪からのぞく悲しげな瞳が、すべてを物語っていた。

 共にタリアへ入国した仲間は、()()()()()()()()()()のだと。


 本音を言えば、タリアの詳しい話を聞きたい。

 けれど、これ以上彼の心の傷に触れるのは違う。

 僕たちは視線を交わし、互いに小さく頷き合った。



「キースさんの忠告は、きちんと聞き入れました」



 僕は一歩前に進み出ると、金髪の魔法使いに語りかける。



「それを理解したうえで、僕たちはタリアへ向かいます。どうしても、やらなければならないことがあるんです」



 彼は青い瞳を僕に向け、「そうかい」と小さく呟いた。

 まるで役目を果たし終えたかのように、両肩を大きく上下させる。



「なら、これ以上俺が止める理由もない。よほどの覚悟があるんだろう」



 キースはローブの中へおもむろに手を入れる。

 そして、僕の前まで歩み寄ると、ローブから引き抜いた手を差し出した。


 掌の上に現れたのは、拳に隠れるほどの小さな砂時計――ではない。

 中には砂の代わりに、透明な液体が満たされている。



「あんたにやるよ。旅の餞別(せんべつ)だ」


「これ……中に入っているのは、水ですか」



 キースは、括れたガラス瓶を光にかざしてみせた。

 瓶の底に溜まった液体が、(さざなみ)のように細かく揺れ動く。



「ただの水じゃねえ。特殊な魔力を宿した水さ。サクラ・メサラって魔道具だ」


「サクラ・メサラ……聞いたことがない名前です」


「どこにでも出回っている物じゃねえからな。呪文を唱えて逆さに置けば、一時的に時間を止められるんだ」


「時間停止、ですか?」



 顔を上げた僕に、キースは得意げに笑ってみせた。

 傍らでは、アドルフとベンジャミンが静かに成り行きを見守っている。



「俺はこいつのお陰で命拾いした。もしかすると、あんたらの旅でも役立つかもしれねえ」


「でも……時間停止は、魔法局令で()()()()()に指定されているはずです。それに、魔道具の又貸しだって禁止されているし」


「心配すんなって。ちゃんと正式な手続きを経て、ギルドから借りてきたんだ。それに、どのみち俺は一度ギルドに戻る。そのときに事情は話しておくよ」



 キースはそう言うものの、瓶を受け取る手が一瞬だけ止まる。


 魔法局が出す法令は、魔法魔術使いにとって絶対的なもの。

 一度でも破れば厳しい罰則が待ち受けているし、何より僕は皇族の身だ。

 たとえ子どもでも、「知らなかった」では済まされないだろう。



 けれど――この魔道具があれば、仲間を守れるかもしれない。

 父上から課された使命を、果たせるかもしれない。



 僕は小さく息を吐き、サクラ・メサラを受け取った。

 ガラス特有のひやりと冷たい感触が、皮膚に伝わる。

 試しに掌の上で逆さにしてみたが、何も起こる気配はない。



「術を発動させるには、当然呪文を唱えなきゃならん――耳を貸しな」



 キースは僕の右耳に口を寄せ、短い呪文を囁いた。



「……この呪文を唱えると同時に、水時計を逆さにする。そうすれば、時間停止の術が発動するんだ」


「その時計、どのくらい時間を止められるんだ?」



 アドルフが初めて僕らの会話に割り込んだ。

 青い目の魔法使いは軍人に顔を向けると、



「明確な決まりはない。魔道具の持ち主が必要とする分だけ、時間を止めるのさ……もちろん、永遠にってわけにはいかねえがな」


 

 キースはさっと距離を取り、ローブを翻す。

 そのつま先は、僕たちの行き先――タリアとは反対を向いていた。



「せいぜい気をつけな、三人衆。お前らの悲報を聞かずに済むよう、祈っとくぜ」



 開きっぱなしだった箱の蓋を閉じ、キースはルェメイサ村の方へ歩き出した。



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