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影武者殺しⅠ―魔法使いと「影」の討伐―  作者: 真柴 石蕗
第3章 タリアへの道
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第49話 移動成功?


 目を開けた瞬間、奇妙な感触が足元を這った。

 右足をゆっくり持ち上げると、「ジュクリ」と何かが剥がれるような音。


 僕は勢いよく顔を上げ、周囲を見回した。

 辺り一面には靄がかかり、視界は灰色一色。

 鼻をひくつかせると、微かに水の匂いがする。



「ここ……ぎりぎり湿原の中だ」



 移動魔術そのものは成功し、ローリイン湿原の正面突破は回避できた。

 ただ、どうやら着地点を見誤ったらしい。



「二人はどこだろう……アドルフさーん! ベンジャミンさーん!」



 もしかして、あのときみたいに逸れたんじゃ――

 足場の悪さと視界の悪さが、オルガノ山の記憶を一気に蘇らせる。

 不安が胸を掠めた、そのときだ。



「……さーん。ネイサーン!」



 靄の向こうから、聞き慣れた低い声。

 何度も、何度も、僕の名前を呼んでいる。


 耳を澄ませ、声を頼りに歩を進めようと試みた。

 けれど、この霧の深さでは人並みの聴覚だけで合流できる自信もない。


 深く呼吸をすると、マントの内側から杖を引き抜く。

 杖を前方へ突き出し、頭の中で用意していた呪文をはっきり唱えた。



〈コ・リーゲル・ルークス〉



 杖先に、小さな光球が灯った。

 これなら、向こうからも僕の位置がわかるはずだ。

 オルガノ山で使った光の呪文より、魔力の消費も微弱で長持ちしやすい。


 光を揺らしながら、湿地帯を練り歩く。

 切れ切れだった声が近づき、やがて灰色の帳から二つの影が浮かび上がった。



「アドルフさん! ベンジャミンさん!」


「ネイサン! よかった、また逸れてしまったのかと心配しましたよ」



 靄の中から現れたベンジャミンは、一歩ずつ慎重な足取りで僕に近づく。

 曇った丸眼鏡もそのままに、彼は僕の肩をそっと抱いた。

 一方のアドルフは、短い頭髪を掻きながらため息をひとつ。



「ネイサン、どうしてお前だけ湿原の中にいるんだ? 俺たちと同じ場所に着くはずだろ」


「それは……僕が一番知りたいです」



 本来なら、湿原から最も近いルェメイサという小さな村に三人とも着くはずだったのだ。



「俺とベンジャミンは、呪文を唱えてすぐルェメイサ手前の空き地に着地した。そこでお前を待っていたが、一向に姿が見えなくてな」


「それで、もしかすると術の発動に失敗して、別の場所に飛ばされたのではないかと話していたんです」



 二人の話を聞きながら、僕は首を捻る。



「おかしいなあ。紙にはちゃんと、『移動は三人。移動先はルェメイサ村』って書いたはずなのに」


「紙に書いた通り移動ができるのですか」


「そういう使い方なので……ところでベンジャミンさん。こちらに到着したとき、手袋は近くにありましたか」



 記憶を辿るように視線を上げたベンジャミン。



「手袋? いえ……特に見当たらなかったような」

 

「俺が着いたときは足元に落ちてたぞ。移動に使ったものと同じものが」



 間髪入れず、アドルフが割り込む。

 二人の証言を照らし合わせ、僕は一つの可能性に行き着いた。



「ひょっとしたら、タイムラグが起きたのかも」


「「タイムラグ?」」



 怪訝な声を上げる二人。

 僕たちは湿原から少し離れた、足場の良い場所へ移動しながら話を続けた。



「移動魔術を補助する魔道具は、基本的に二つで一組です。今回の手袋のように、片方が入口、片方が出口の役割を果たします」



 アドルフが顎に手を当て、「なるほど」と頷く。



「今回は、入口となる手袋がネーデラアルネに、出口となる手袋がルェメイサにあったわけか」


「そうです。もし、手袋の片方がルェメイサから遠い場所にあった場合、僕が紙に書いた行き先の条件と合致せず、紙は手袋の中に残ったままになります」



 そして、補助魔道具が最も厄介なところは――時たま、トラブルを起こすこと。


 

「師匠から聞いた話だと……移動用の補助魔道具は、稀に入口が複数存在することがあるらしくて」


「複数? どういうことでしょう」



 今度はベンジャミンが尋ね返す。

 ぬかるみに足を取られないよう注意を払いつつ、僕はさらに説明を続けた。



「一つの出口に対して、入口が複数ある状態です。誰かが同じ魔道具を複製したとか、元々セットで作られた魔道具が何らかの理由で散らばったとか……理由は色々考えられます」


「つまり……今回の場合は出口が一つなのに、入口が複数存在した。それで、複数の入り口でほぼ同時に移動魔法が発動してしまい、処理しきれずにタイムラグが生まれた、ということですか」



 流石は学者だ、状況理解が早い。



「その通りです。僕たちとは別の入り口から、同じルェメイサ村へ向かった別の人物がいた。その人物と僕がほぼ同時に移動したから、出口側の処理が追いつかなくて、着地点がずれたんだと思います」


「ほんとに、魔法ってのは便利なのか不便なのかわからんな」



 アドルフも納得はしたようだが、表情は渋いままだ。

 僕は苦笑しながら、



「完璧な魔法や魔術は存在しませんから。とりあえず、湿原の正面突破を避けられただけでも、良しとしましょう」



 足元を泥だらけにしながら、三人で湿原の縁を歩く。

 靄は次第に薄れ、やがて前方に村の輪郭が見えてきた。



「あれが、ルェメイサ村ですね」


「ああ。ようやく着いたな」


 アドルフが安堵の息を漏らし、ベンジャミンも眼鏡を拭いながら「長い一日でしたね」と呟く。

 その日、僕たちは無事にルェメイサ村で夜を迎えることができた。


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