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影武者殺しⅠ―魔法使いと「影」の討伐―  作者: 真柴 石蕗
第3章 タリアへの道
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第46話 タリアの噂


 ベンジャミンの案内でたどり着いたのは、街の中心部から外れた西エリア。

 宿や商店の代わりに、簡易的なテントや厩舎が点々と並ぶ、旅人たちの拠点だ。



「あ、ほら。あの集団。私が先ほど見た人たちです」



 先頭を歩いていたベンジャミンが、ぴたりと立ち止まって一角を指さす。

 十頭近い馬と、赤白の縞模様が目立つテント。深く頑丈そうな木製の四輪車も停まっている。

 数人の男たちが、馬の毛づくろいや荷物の積み込みに追われていた。


 顔を見合わせた僕たちは、三人そろって旅支度中の一座に歩み寄る。

 最初にこちらに気づいたのは、頭に派手な柄のターバンを巻いた男だ。

 太く凛々しい眉をひそめ、僕たちを射抜くように睨みつけている。



「忙しいときにすまない。この一座は、ネーデラアルネへ向かうものか?」



 アドルフが声を張り上げると、ターバン男が一行を代表して前に出た。

 がっしりとした肩幅や厚い胸板が布越しにも分かり、リーダーらしい風格を漂わせている。



「それが、どうした」


「俺たちはタリア王国へ向かう旅の者だ。通過地点のネーデラアルネまで同行させてほしい」



 一座の間で、嘲笑めいた声がもれる。

 ターバン男は胸の前で腕を組むと、僕たち三人に試すような視線を向けた。



「冗談のつもりなら、ネーデラアルまで乗せてやってもいい。だが、本気でタリアへ向かうのなら……止めはしねえよ。ただ、俺の隊商(キャラバン)()()を運ぶ趣味はない」



 死人を運ぶ――その言葉の意味が理解できないほど、僕たちも鈍感じゃない。

 ターバン男を無言で睨み返しながら、アドルフの指先が剣の柄をなぞる。

 ベンジャミンは青ざめた顔で、肩から掛けた布袋の紐をきつく握りしめていた。


 重苦しい沈黙が降りようとしたとき、僕は意を決して一歩前へ踏み出す。



「たとえ、タリアがどんなに危険な場所でも――それでも、行かなければならない理由があるんです。僕には、そこで決着をつけなければいけないことがある」



 アドルフが驚いたように眉を動かす。

 ターバン男は僕の顔をじっと観察していたが、やがて太い腕をゆっくり解いた。



「……世間知らずの坊ちゃんに見えたが、死ぬ覚悟はできてるらしいな。俺の名はアザムだ。一座を代表して、あんたらをネーデラアルネまで乗せてってやろう」




 ◇◇◇




 アザムの隊商は、アドルフを馬に、僕とベンジャミンを荷車に乗せてオリンビアの街を出た。


 砂漠の熱気が、荷車の床板を通して下半身に染みてくる。

 風が吹くたび、細かい砂粒が肌に纏わりつくように舞い上がった。

 人の足だけで通過するには難路とも言える、広大な砂漠地帯――隊商へ同行したのは、やはり正解だ。



「――なあ、お前ら!」



 荷車の後ろから飛んできた声に、振り返る。

 ターバンが風に煽られ、隊商主のアザムが馬上からこちらを睨み据えていた。



「お前ら、本当にタリアへ行くのか?」


「ええ、そのつもりです!」



 風音に負けじと声を張る。

 僕の返事に、アザムは太い眉の下で何かを警告するように目を細めた。



「どんな目的か知らねえが、悪いことは言わねえ。用が済んだらさっさと国を出ることだ」



 今度は、ベンジャミンが荷車から身を乗り出して尋ねる。



「アザムさんは、タリア王国に行ったことがあるのですか?」


「一度だけな。だが、もう二度と行きたかねえよ。危険だし、厄介な連中も多い」


「厄介な連中、とは?」



 饒舌だったアザムが、ふいに口を噤む。

 答える代わりに、馬の腹を軽く蹴って風上へと顔を向けた。



「――行けば分かるさ。あの国は外部の人間を徹底して嫌ってる。特に、エルディアの客がどう扱われるかなんざ、考えたくもねえ」



 最後の一言は、吐き捨てるようだった。

 荷車が大きく跳ね、身体が一瞬だけ宙に浮く。

 アザムの拒絶に近い言葉の裏にあるものが気になり、僕は疑問をぶつけた。



「タリアは、国王が神の信託を受けて国を統治していると聞きました。厄介というのは、そのあたりが関係してるんですか?」



 アザムの逞しい肩が、わずかに強ばる。

  


「――あいつらが信じてるのは、神なんかじゃねえ」


「え?」


「あの国が信じてる太陽神は、他国(よそ)のそれとはまるで別物だ」



 アザムの言葉に、僕は荷台の上でベンジャミンと顔を見合わせる。

 触れてはいけない領域かもしれない――そう思いながらも、僕は追求を止めることができなかった。



「タリアは、太陽神を信仰しているんですか? このエルディアでも、ルミナという神様が太陽を司っていますけど」


「エルディアの太陽神は、タリアの奴らにとって偽物も同然さ」


「偽物?」


「タリア民は、自分らだけが()()()()()を祀ってると信じきっている。だから、他国がそれを崇めるのが気に食わねえし、太陽の名を騙る無礼者に見えるのさ」



 僕は言葉を失い、ベンジャミンも横で息を呑む。

 狂気――ある種の、狂気にも似た崇拝だ。

 砂漠地帯の熱気に反して、胸の奥が小さく冷える。



「外から来た者が太陽(ソル)への祈りを口にするだけで、眉をひそめる奴らもいる。だから、余計な会話は避けるこった」



 その言葉を最後に、アザムは口を閉ざした。

 僕たちも、これ以上は踏み込むべきでないと悟って会話を打ち切る。



()()を運ぶ趣味はない』


『それでも、行かなければならない理由があるんです』



 ……僕の選択は、本当に正しいのだろうか。

 アドルフを、ベンジャミンを、危険が潜む地に連れて行く選択肢は。


 荷車の縁に手をかけ、前方へ視線を戻す。

 風塵の中、馬上で揺れる軍人の後ろ姿が見えた。

 ぶれない上体が、いつもながら頼もしい――はずなのに。


 砂を一息に飲み込んだように、肺の中がざらついていた。


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