第44話 正体発覚?!
植物学者に問われた瞬間。
心臓を氷の手で鷲掴みにされたような感覚が、胸を締め上げた。
「……どうして、急にそんなことを?」
ベッドから降り、彼と向かい合うため手近な腰掛けへ座る。
卓上で心細く揺れるろうそくが、二人の間にゆらりと灯影を落とした。
「いえ。私の勘違いなら、そう言っていただいて構いません。ただ……何となく、そうなのかなと」
灰色の髪の下から、ガラス玉のような瞳が不安げに僕を見返していた。
核心のど真ん中を突かれ、その根拠が「何となく」では納得できるはずもない。
「何か、具体的な根拠があるんじゃないですか」
「根拠というほど、大したものじゃありません……些末なきっかけというか。思い違いかもしれませんし」
胸の前で両手を振る彼に、つい語気が強くなった。
「思い違いかどうかは、聞いてから判断します」
言い放って――はっと、目の前の男を見る。
視線を右へ左へと揺らし、唇をぎゅっとかみ締めた表情。
しまった、と後悔がすぐに胸をよぎる。
「……ごめんなさい。言い過ぎました」
僕は慌てて声を潜める。
隣室で休むアドルフに、聞こえていないだろうか?
ベンジャミンは顔を上げ、「いえいえ」と笑顔を繕う。その優しさが、かえって罪悪感を募らせた。
「私も、どう話せばいいのか考えがまとまらず……正直に言えば、お会いした瞬間から漠然と感じていたんです」
「えっ、会った瞬間から?」
そんな予知能力者じみたことがあるか、と思わず疑いの目を向けた。
彼は、木製の座面を小さく軋ませながら座り直す。
「最初は、さりげない所作や物言いがどことなく皇族めいているように感じて。これは完全な直感で、具体的な根拠などありません」
「じゃあ、ほかには……」
言いかけて、ふと一つ思い当たる。
「もしかして、アドルフさんと一緒にいたから、とか」
帝国軍の軍人を引き連れることなど、そう滅多にあるものではない。
けれど、年上の学友のような男は緩やかに首を振る。
「ダロドネスさんとの会話で、アドルフさんは『二人とは旅の途中で偶然会った』と話していたので、しばらくはそれを信じていました」
「でも……本当に完全な勘ってわけでもないでしょう?」
ベンジャミンは、口元に当てた指先を小さく擦る。
まるで、記憶の糸をゆっくり手繰りよせるかのように。
「一番は――ネイサンが、魔法を使った瞬間ですね」
たしかに、大陸諸国では、魔法魔術の使い手はごく一部の人族に限られている。
その一部に、王族や皇族などの上級階級者が含まれているのも事実だ。
「あとは、エーレ・ロードでの会話でしょうか」
そんなところに、皇族を匂わせる発言などあっただろうか?
必死に思い出すうちに、「もしや」と閃くものがあった。
――僕、自分の足でエーレ・ロードを踏み越えるのは初めてです。今までは、馬車を使って国内を移動していましたから。
「馬車商人以外で、通常の移動手段に馬車を使う者は多くありません。せいぜい馬乗り程度のものです」
ベンジャミンが、小さく笑う。
……完全に、ボロを出していたらしい。
全身の力が抜け、背もたれのない椅子から崩れ落ちそうになるところを何とか片手で支える。
「――昔から、お前は嘘が下手だと、父上によく言われていました。魔術の師匠からも、お前から嘘を引き出すのに魔術を使うまでもない、と」
つい、自虐的な独り言がもれた。
彼はいつもの穏やかな口調で、
「そこがネイサンの美点ですよ。他人にも自分にも嘘がつけない……だから、あのとき僕を助けてくれたのではないですか」
「あのとき?」
「ミヴエルで、私が教会送りになりかけたときです。あのとき、ネイサン以外に何人も通りがかったのに、みな厄介事は御免だと言わんばかりに目を逸らしていった。あなたが初めてでしたよ。あの騒動に足を止め、自ら飛び込んでくれたのは」
そう言って、ベンジャミンは懐から一冊の書物を取り出した。
亡き父の、唯一の形見。教会によって焚書されかけた本だ。
色褪せて黄ばんだ表紙を、彼は我が子のようにそっと撫でる。
「ミヴエルでは、思想の弾圧が公然と行われている。その話をしたときのネイサンの表情が、私は忘れられません。ミヴエルで暮らす私たちにとっては日常でも、あなたは心から怒り、嘆いていた」
書物から顔を上げ、にこりと微笑む。
「国の現実を憂う気持ちと、その横顔に宿った正義の念……それこそが、あなたを皇族の立場たらしめる何よりの証です」
彼の言葉は、素直に言えば嬉しい。
一方で――自信が持てない自分もいる。
そこまで評されるほど、僕に皇族を名乗る資質があるだろうか、と。
「ネイサン、あなたはもっと自信を持っていい」
ふいに、ベンジャミンが力強い声で告げた。
外で吹きすさぶ夜風が、劣等感を煽るように窓をカタカタと鳴らしている。
「私、こう見えても人を見る目はあるつもりです。だからこそ、二人と旅を続けたいと思ったのですから」
その慧眼に、脱帽の意味を込めて盛大に苦笑してみせた。




