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影武者殺しⅠ―魔法使いと「影」の討伐―  作者: 真柴 石蕗
第2章 出会い
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第30話 屍肉喰い


 二人と、(はぐ)れた。

 

 そんな馬鹿な――喉が、鉄の味を帯びる。

 地面に両足を掴まれたように、身動きができない。


 後ろを振り向く直前まで、荷物を背負うベンジャミンの背中がたしかに目の前にあった。

 後方に目を向けたのは、瞬きほどの時間だった。



 見失ったんじゃない。

 霧に呑まれたのだ。

 山の魔力か? あるいは――



「……あの、旅のお方?」



 鈴の鳴るような声。

 背筋が跳ね、そろりと振り返る。

 身体の向こう側が見通せるほどに透き通った女が、数歩離れた先に立っていた。



「やっぱり、先ほどのお方ですわね。会えて嬉しいわ。ひとりは、心細いでしょう?」



 女は可憐な笑みを見せる。

 少女のようにあどけなく、それでいてどこか妖艶で……危険な、笑顔。

 

 頭の奥で警鐘が鳴る。

 この女は、人族じゃない。

 魔力を有した異形の存在――人の形に化け、その屍を喰らう。




 屍肉喰い(グール)だ。




 ◇◇◇




 屍肉喰い(グール)

 その正体は、人族の死体。

 人の屍を何よりの美食とする魔物。


 

 グールには男と女が存在し、女はグーラーと呼ぶ。

 グーラーは絶世の美女へと姿を変え、その美貌で獲物を誘い込み、油断した隙に肉を喰らう。



『俺たちを、森へ引き込むつもりだったのかもしれん』


『あの女からは、死人の臭いがした』



 アドルフの声が蘇る。

 勘の鋭い彼は、出会った瞬間に感じ取っていた。

 相手(グーラー)がその身に(まと)う、異様な空気を。



「ねえ……私と一緒に、麓まで下りていただけないかしら?」



 微笑む唇の奥から、鋭い牙がのぞく。

 頷けば最後――身もだえするような光景が、瞼の奥でフラッシュした。 



「あ、あの……僕、急いでいるので」


「歩調は合わせます。ですから、どうか」



 布靴が一歩、僕へと近づく。

 反射的に、マントから杖を取り出していた。



「近づくな!!」



 蠱惑(こわく)的な笑みが、女の顔からすっと消えた。

 代わりに浮かべたのは、一切の感情を削ぎ取った、仮面のような無表情。



「あなた、魔力の使い手なの?」



 鈴鳴りの声から一変。

 男のように低く、凄みのある声。

 杖先を相手に向けたまま、右足を一歩後ろへ引く。



「仲間を……あの二人をどこへやった!」


「仲間? ああ、いたわね。勇ましい軍人の方と、ひ弱そうな灰色の髪の坊や」



 女はふっと鼻で笑い、獲物への興味を失ったように身体を回転させる。

 


「ま、待って……二人は無事なんだよな」


「さあ。あなた次第じゃないかしら」



 震える杖先に背中を向けたまま、相手は一歩、また一歩と遠ざかる。

 やがて、その白い影は霧の中へ完全に溶けこんだ。




 ◇◇◇




 足元も見ず、坂道を転がるように駆け下りた。



『二人は無事なんだよな』


『さあ。あなた次第じゃないかしら』



 耳の奥で、女の(なま)めかしい声が絡みつく。



 まさか、別のグールがすでに――?

 悪夢めいた想像を、無理やり頭の中から追い払う。


 アドルフもベンジャミンも、オルガノ山の中で魔物の気配を察知できた。

 あの二人なら、きっとグーラーの罠からも逃げ切っている。



 だから、どうか無事でいてくれ。



 足がもつれ、顔から地面に勢いよく突っ込んだ。

 口内で砂と血が混じり、頬の擦り傷が疼き始める。


 目尻からこぼれる雫も、拭うことさえ忘れていた。

 足首の痛みに耐え、地べたに膝をつきながら立ち上がる。



 二人を……必ず見つけなきゃ。



 マントから再び杖を取り出す。

 フレアシダーに触れた右手のひらが、ドクリ――と大きく脈打った。

 杖先を頭上に向け、最大限まで息を吸い込む。



〈イ・メーテル・ルークス!〉



 光の束が霧を弾き、辺り一面を照らし出した。


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