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第17話 救世主


 このままじゃ、二人ともローブの集団に強制連行されてしまう!



 中年男の手を振り払おうともがいたとき――



「ちょっと待て」



 地を這うように低く、威圧的な声がした。

 一斉に視線が向いた先には、長身で屈強な体格をした旅の青年。



「なんだ、貴様も教会送りの仲間になりたいか」



 中年男の脅しなど意に介さず、アドルフは堂々と集団へ踏み込み、輪の中心で立ち止まる。

 そして、丸眼鏡の青年へ片手を差し出した。



「その本、俺が買い取る」


「…………え?」



 その場にいた全員が、ぽかんとした顔で軍人の男を凝視した。



「き、貴様。一体何をほざいている」



 声を荒げた吊り目の青年を、アドルフは鋭い眼光で一喝した。



「黙れ。俺は今、こいつと話をつけているんだ」


「な……貴様、今の発言は教会への侮辱とみなされるぞ!」


「俺にはそんなこと、関係ない。ところでお前」



 アドルフの視線が、再び眼鏡の青年に移される。



「その本は、俺が買い取る。代金はこれだ」



 言うなり青年から本を奪い取り、代わりにその手の中へ一ガロン金貨を押し込んだ。



「足りなきゃ後で請求しろ。これで、この本の所有権はあんたから俺に移行した」



 あまりに乱暴な取り引きを前に、僕もローブ集団も呆気にとられるばかり。

 すると、中年男がはっと我に返った顔をしてからアドルフに詰め寄った。



「貴様。書物の所有権が譲渡されたとて、我々の主張は変わらぬぞ。それをこちらに渡さなければ、今度は貴様が教会送りに――」



「エルディア帝国軍、第一攻撃軍第二師団副指令長。アドルフ・ウィルヴィン少将」



 高らかな声とともに、アドルフは胸ポケットからメダル型勲章を取り出した。

 陽光を弾いて金色に光るメダルの束を、中年ローブ男の鼻先に突きつける。



「エルディア帝国軍の名において命ずる。この書物の所有権は、ただ今をもってアドルフ・ウィルヴィンへ完全移行した。これは私が預かり受ける……私の命に逆らう者は、帝国軍への反逆とみなしてエルディア監獄へ連行する」


「な……帝国軍……だと……!」



 ローブ集団が騒めき始めた。

 リーダー格の中年男は、これでもかというほど目を見開いて後ずさる。



「さあ、異議申し立てのある者は前へ進み出るがいい」



 射るような視線を周りに向け、アドルフは堂々と声を張る。


 絶対的な権威を前に、逆らう猛者などいない。

 ローブの一行は、悔しげに唇を噛みながら散り散りに退いた。


 最後に残ったリーダー風の中年男は、聞こえないほどの小声で何か一言呟く。

 そして、ローブの裾を翻して荒々しい足取りで去っていった。




 ◇◇◇




「あ、あの……」



 眼鏡の青年が、幽霊のようにふらりと立ち上がる。

 アドルフは手にしていた本を、無造作にその胸へ押し返した。



「返す」


「え?」


「生憎、俺は植物に興味ないんでね」



 手の中に戻された書物と、軍人の顔を何度も交互に見る青年。

 状況をまるで理解できていない様子だ。



「ったく、余計な時間を食っちまった……ネイサン」


「あ、はい」


「はい、じゃねえぞ。誰のおかげで道草食ったと思っているんだ」



 小さく舌打ちし、アドルフは短髪を掻きむしる。

 尻ポケットから地図を取り出すと、その束で僕の頭をパシリと叩いた。



「今夜中にエミュンカラを抜ける。お前の歩く速度次第じゃ、今晩は恐怖の山のそばで野宿かもな」


「え――それだけは勘弁してください!」


「自業自得だ。せいぜい魔物に喰われんよう、用心することだ」



 ふんと鼻を鳴らし、軍人は回れ右をする。

 その背中を、眼鏡の青年が「あの」と呼び止めた。



「これ……お返しします」



 ほっそりとした指先で、一枚の金貨が日差しを浴びてキラキラと輝いている。

 アドルフは一瞬だけ金貨のほうへ目をやると、



「あんた、仮にも学者の端くれなら、その服をもう少しマシなものに買い替えろ」



 若き研究者は、自分の半身を見下ろしてから恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 彼の手に金貨を残したまま、僕たちは足早に旅を再開した。


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