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第13話 文化都市エミュンカラ


 旅の二日目。

 郊外の宿を日の出と同時に発った僕たちは、昼前にはエミュンカラの中心地へたどり着いていた。



「わあっ……すごい!」



 よく晴れた空の下で、色とりどりのテントがあちこちに立ち並んでいた。

 人だかりの合間を通り抜ける風が、香ばしい料理の匂いを運んでくる。

 すれ違う子どもたちの手には、目にも鮮やかな色の菓子が握られていた。


 広場まで出れば、旅一座による多彩なパフォーマンスが披露されている。


 笛や太鼓を手に、陽気なメロディを奏でる者たち。

 異国風の楽器を手に、情緒的な歌を口ずさむ吟遊詩人。

 帽子の中から小鳥や花束などを次々と出現させる手品師。

 流れる音楽のリズムに乗って、デタラメな動きで踊る道化師。


 道行く人々が、彼らのパフォーマンスに笑いと拍手を惜しみなく送っていた。



「今日は、何かのお祭りでもしているのでしょうか」



 街の華やかな景色に胸が()き、キョロキョロと頭が動く。

 と、すぐ後ろにいるアドルフから「あまり騒ぐな」と小言を食らった。



「遊びに来ているんじゃないぞ。敵や影武者が、この雑踏に紛れている可能性があるんだ。警戒を怠るな」



 軍人らしい冷静な忠告に、思わず「すみません」と肩を竦める。



「あの……そろそろ昼時ですし、少し食べませんか? エミュンカラを出たら、次の宿までかなり距離もありますし」


「まあ、確かに腹は減ったな。あそこの屋台で何か買うか」



 言質を取った僕は、肉の串焼きを売っている近くのテントへ向かう。

 口髭を生やした大男が、勢いよく燃える炎の中で巨大な肉の塊を焼いていた。


 黒焦げになった肉が、木板の上にドンと置かれる。

 男は自分の腕ほどもある大きな包丁を取り出し、豪快に肉をスライスしていく。

 

 その手際は、まさしく職人。

 気づけば屋台の前に、小さな見物客の輪ができていた。



「おじちゃん! そのお肉、二枚ちょうだい!」



 金髪の少年が人だかりの中からひょこりと頭を出し、元気いっぱいに注文する。

 男はちらと少年に目をやると、



「四百シロンだ」



 無愛想な声で言い放った。

 少年はポケットから銀貨を四枚取り出すと、そのまま手のひらを突き出す。

 

 銀貨を受け取った男は、スライスした肉を串に刺し、豪快に差し出した。

 まだかすかに湯気が立ち昇り、串を伝って肉汁が垂れ落ちている。



「ほらよ」


「ありがとう!」



 少年は弾けるような笑顔で礼を言い、人混みの中へ消えた。

 その様子を皮切りに、次々と客たちがテントの中へ腕を伸ばす。

 店の前には、あっという間に人の列が生まれていた。



 ◇◇◇




「――うまいっ!」



 一口ほおばった瞬間、濃厚な肉汁が口いっぱいに溢れ出した。

 黒焦げの見た目とは裏腹に、肉の中はしっとりと赤身が残っている。

 胡椒だけのシンプルな味付けが、素材の旨味をこれでもかと引き立てていた。



「この程度の肉料理なら、城でいくらでも口にしていただろう」



 二枚目に(かじ)りつきながら、アドルフがぼそりと呟く。

 彼の背中越しに座る若い女性が、同じものを味わいながら「美味しい!」と感動に満ちた声を上げた。



「城の料理と、こういう祭りの料理は……なんというか、全然別物なんです」


「そうなのか?」


「お祭りならではの味というか。城の料理は、もっと薄味で良く言えば上品でした。そういう食事に慣れていたからなのか、父上はこういうところで出される料理が苦手だったみたいです」



 幼い頃、巡回サーカスを見るためエミュンカラへ訪れたことを思い出す。

 父上は屋台という屋台を素通りし、料理や菓子には一切目もくれなかった。

 むしろ、テントの中へ送る眼差しには軽蔑の色すら滲んでいた。



「だから、今日エミュンカラの街に来るのがとても楽しみだったんです……アドルフさんには、浮かれてるって怒られるかもしれませんけど」



 声が尻すぼみになり、祭りの喧騒に紛れていく。

 アドルフは食べ終えた串をぽきりと折り、淡々と言った。



「城での生活も、なかなかに窮屈なんだな」



 意外にも、優しい響きが返ってきた。

 思いがけない言葉に、胸が少しだけ温かくなる。



「このお肉、本当に美味しかったです……腹ごしらえも済んだことですし、次は物資の調達に行きますか?」


「腹ごしらえ、か。だいぶ庶民らしい言葉を使うようになったじゃないか」



 皇族らしくないと窘めるわけでもなく、アドルフは可笑しそうに肩をゆする。


 人混みの奥で、小さな花火のような音が立て続けに二度、弾けた。

 街の喧騒も、匂いも、人々の笑顔も、僕のこれまでの生活にはなかったもの。



 ここに広がる景色のすべてが、新しくて、眩しかった。

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