第11話 影の正体
木々の合間を縫うように、アドルフの背中はすいすいと前へ進んでいく。
鍛え抜かれた背中を追いながら、一度は落ち着いた呼吸がまた荒くなるのを感じた。
こちらは駆け足状態で追いかけているが、彼はせいぜい早歩き程度だ。
身長差ゆえの歩幅もあるのだろう。
だがそれ以上に、圧倒的な体力差を思い知らされる。
もっと、身体を鍛えないとな……。
せめて、鼻歌交じりに彼の横を並んで歩けるくらいには。
魔道具に頼らず、一人で山賊と渡り合えるくらいには。
そうでなければ、また相棒の足を引っ張り、余計な心配を背負わせてしまう。
腰に差した短刀へ、そっと指を這わせた。
ひやりとした、冷たい感触。
この感覚にも、早く慣れなければ。
黒フードたちのような得体の知れぬ襲撃者が、またいつどこで牙を剥くかも分からないのだから。
◇◇◇
余計な会話もなく、一本道を黙々と進み続ける。
密生した草木の壁がふいに途切れ、前方の視界がぱっと開けた。
思わず数歩飛び出すと、灰色の建物が寄り集まった街並みが遠くに見える。
ようやくソアラの森を抜けたのだ。
肩で大きく息をつき、後方を振り返る。
樹林の隙間をすり抜ける風が、侵入者を追い出すように不気味な葉擦れの音を立てていた。
「お前、さっきの連中についてどう思う」
気づけばアドルフが足音もなく隣へ並び、同じように森の方角へ鋭い視線を向けている。
「黒フードの襲撃者たちですか?」
「ああ」
「どうって……不気味な恰好でしたけれど、なかなかの手練れだと感じました。互角とまでは言わなくとも、アドルフさんと渡り合っていたわけですから」
疲れの色が微塵もない顔で、アドルフは「ふうむ」と低く唸る。
何か、腑に落ちない様子だ。
「……何か、気になることでも?」
「あの連中には、たしかに魔力は感じなかったんだよな」
「ええ。彼らは純粋な人族でしょう。少なくとも、僕はそう感じました」
頭三つ分ほど高い軍人の横顔を、そっと見上げる。
「アドルフさんは、あの襲撃者たちが普通の人族ではないと?」
「よく分からん。正直、剣術の腕は大したこともなかった。なのに妙に手合いが悪かった」
「と、言いますと」
「軍式の訓練を受けているにしては、動きが奇妙だった。かといって素人の戦い方でもない……軍事以外の、特殊な訓練でも受けた連中かもしれん。異国の剣技か、未知の武技か」
彼の見解は、僕には半分も理解できていない。
だが、軍人として父上から絶大な信頼を寄せられている、アドルフの勘だ。
ならば、黒フードの襲撃者がただの悪党で済むはずもない。
「――あ!」
「どうした、いきなりでかい声を出して」
眉をひそめた相棒に、「あ、いえ」と慌てて口ごもる。
「四人目の襲撃者……草むらに潜んでいた弓使い、止めを刺さないままで良かったんでしょうか」
僕が勢い任せに飛びつき、短刀でローブごと地面に釘差しにしたあの後。
アドルフは短刀を抜き、弓使いを近くの木にロープで縛りつけただけでその場を立ち去った。
ほかの三人は木の根元で沈黙したまま――おそらく、あの時点ですでに息絶えていたのだろう。
「ああ、あいつか。いいんだよ、わざと生かしておいたんだ」
「え、なぜです」
「様子見だよ」
「様子見、ですか?」
「連中の正体がどうにもつかめなくてな……もし自力でロープを解けるようなら、もう一度俺らを襲ってくるかもしれん。そのときは、今度こそ身ぐるみ剥がして、奴の正体を暴き出す」
勇ましい軍人は、ソアラの森へ厳しい眼差しを送っていた。
あの森の中に、弓使いはまだ潜んでいる。
アドルフを矢で狙っていたときの、冷たく血に飢えた、獣のような双眸が脳裏に蘇った。
もし再び、相まみえる時が来るのなら。
黒フードの中で蠢く影の正体を、この目で見極めなければ。
拳を固く握りしめ、顔を横に向ける。
隣にいたはずの相棒は、いつの間にか街のほうへ歩き出していた。
「あの先に見える街を過ぎれば、夕刻にはエミュンカラの街外れに着くはずだ。急ぐぞ」
正体不明の影の気配をまだ微かに感じながらも、僕たちはソアラの森を後にした。
◇◇◇
アドルフの目算通り、その日の黄昏時にはソアラの森からほど近い街を抜け、エミュンカラの郊外に到着した。
てきとうに見つけた宿で簡単な食事を済ませると、僕もアドルフも、そのまま倒れ込むように布団へ沈む。
旅の初日にして謎の襲撃者と交戦し、張りつめていた糸がぷつりと切れたのだろう。
一日の感想を語り合う余裕もなく、二人とも泥のように深い眠りへ落ちていった。




