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影武者殺し~僕の名を騙る影武者ども、一人残らず討伐します  作者: 真柴 石蕗
第1章 影武者殺しの旅へ
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第9話 四人目の敵


 ――はあ、はあっ……はあっ……



 呼吸が喉の奥で擦れ、肺の中が熱を帯びる。

 頬に張りつく髪を振り払う余裕もない。

 首筋を流れ落ちる汗すら煩わしく、ただ走ることだけに意識を向けた。



 ()()アドルフが見抜けなかった――そんな襲撃者が一人、完璧に気配を消したまま潜伏している。

 その存在を伝える手立ては、僕しかいない。


 知らせなければ、()()()()



 ふと、視界の端で影が動いた。



 反射的に足を止める。

 耳の奥で、心臓がドクン、ドクンと激しく脈打つ。


 素早く左右を見渡すが、頭上の木々の葉が微かに揺れているだけ。

 生き物の気配も、影の主もどこにも見当たらない。

 


 ……気のせい?

 いや――落ち着け。



 幻覚に惑わされるほど、僕は冷静ではなくなっている。

 そんな状況でこそ、()()が必要だ。



 マントの内側に手を入れ、杖を掴んだ。

 フレアシダーの木特有の滑らかな材質が、吸い付くように手のひらへ馴染む。

 顔の前に杖を持ち上げると、ニカ花の清涼な香りが、過度に昂った神経を徐々に鎮めてくれた。


 目を瞑り、深呼吸をひとつ。

 五感のすべてを、目の前の杖に集中させる。



〈――ア・ウーラ・センティーレ〉



 周囲の空気が一斉に震える。

 闇の中に潜む“気配”が、瞼の奥で鮮やかに浮かび上がった。



 右前方、数十歩ほど離れた先にある草むらの中。

 全身黒装束の姿。フードの奥、獣じみた双眸が前方を射抜いている。


 その襲撃者の手には――弓矢が握られていた。



 遠隔攻撃だ!



 アドルフが三人とまだ交戦しているなら、その背後は完全に無防備だ。

 あの距離なら、為すすべもなく撃ち抜かれるだろう。



 気づいた瞬間、血の気が引いた。



 四人目の襲撃者がアドルフに狙いを定めているのは明白だ。

 だが、大声を上げると敵を刺激しかねないし、かといって人族を相手に魔法や魔術は使えない。



 ならば、どう伝える?



 答えを求めてマントの中を漁ると、腰のベルト部分に冷たい感触があった。

 ひんやりとした金属の手触り――短刀だ。


 旅立つ前日に、父上から渡された魔道具以外の()()の武器。

 


『この短刀は、オスカイネン一族が代々受け継いできたものだ。だが、これに特別な魔力は一切宿っていない。いわば、ただのナイフ同然。魔力を持たない者でも、ごく当たり前に扱うことのできる代物だ』



 短刀の柄には、皇帝一族だけが使用を許された、複雑な文様が描かれている。

 細かい蔦模様と天空を舞うドラゴンの躍動的な意匠が、不思議と背筋を正させた。



「これで……敵の隙を突ければ」



 襲撃者を撃退できなくてもいい。

 相手の動きを止め、アドルフの背を守ることさえできれば、それで充分だ。

 


 震える右手を、左手でぎゅっと抑え込む。

 迷いは、捨てろ。



 右手に短刀を持ち、代わりに杖を左手に移し替える。

 杖を頭上に掲げ、宙でくるりと一周させた。



〈イン・ウィジ・ヴァーリス〉



 淡い(ヴェール)が肌を包み、自身の輪郭が溶けていく。

 あらゆる生命体や物体の姿を透明にできる魔術だ。

 これなら、敵から自分の姿を見られることはない。

 

 ただし、姿は消えても自身が発する音や気配までは完全に遮断できない。

 だからこそ、刹那の油断が命取りとなる。



 草を踏む音さえ殺しながら、敵へ一歩ずつ近づく。

 心臓の脈打つ音が、まだ耳障りだ。

 止まれ、止まれ、と何度も自分に言い聞かせる。



 やがて、風に乗ってかすかな金属音が届いた。

 はっと頭を上げ、前方に視線を向ける。

 揺れる木々の隙間から見えたのは、屈強な背中と茶髪の頭――



 アドルフだ! まだ戦っている!



 彼の前方には、距離を取って武器を構える黒装束の影があった。

 刃幅が広く、上へ向かうにつれて大きく湾曲した変わった形の剣を握っている。

 ただ一人残された影は、軍人の呼吸を読むように静かに間合いを計っていた。



 アドルフの逞しい肩が、微かに上下している。

 持ち直した剣の刃先には、赤黒い血。

 負傷した敵のものか、アドルフ自身のものかは分からない。



 ――急がなきゃ。



 前方から視線を横へスライドさせる。

 草むらの中から人の手が伸び、鋭い鏃がアドルフへ向けられていた。



 陽光を反射して、鏃が光った瞬間――



 危ない!



 本能的に足が動く。

 短刀を持つ指に力を込め、敵が潜む草むらへ全速力で飛び込んだ。


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